
| 氏名読み | たなか・せいぎ |
|---|---|
| 生年月日 | 平成6年7月19日 |
| サイズ | 186cm、90kg |
| 投打 | 右投右打 |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 経歴 | 創価高-創価大(H25〜H28)-福岡ソフトバンクホークス(H29〜R4)-北海道日本ハムファイターズ(R5〜) プロ入りはH28秋のドラフト1位 |
| 簡単紹介 |
大学史上、リーグ史上、最高と言ってもいい逸材。ドラフト指名がかかる大学4年時は
大騒ぎとなった。
一躍有名となったのは大学2年次、平成26年の大学野球選手権。150km/hを超える剛速球を 武器に、1回戦の佛教大戦で完封勝利、2回戦では途中登板で強豪・亜細亜大を黙らせて チームを勝利に導くなど、1大会3勝を挙げてチームのベスト4進出に貢献した。 3年次の大学日本代表の壮行試合では若手のプロ野球選抜チームから7者連続三振を奪う圧巻の投球を披露。 4年生を迎える春には「プロ野球全12球団からのドラフト1位指名もあるのではないか」 とまで騒がれた。結局は大学4年春の途中離脱(チームも優勝を逃す)があってそこまでの 高評価とはならなかったものの5球団からのドラフト1位指名を受けた。 大学時代の全国経験は結局大学2年の春秋のベスト4が最高で3・4年次は神宮に届かなかった。 故障もあって実働4シーズン半、通算成績は20勝1敗の防御率0.71。 大学3年の平成27年秋には無安打無得点試合達成に加え、シーズン防御率0.00の連盟記録も樹立した。 ドラフト会議前には創価高・創価大と計7年間でエースの座を争ってきた池田隆英投手 とのライバル同士のストーリーもテレビ番組で紹介された。投手としてのみならず人間的な大人らしさ、 意識の高さ、栄養に対する知識の高さなども垣間見られるものであった。 入団した福岡ソフトバンクホークスでは活躍が見られなかったものの令和5年、 北海道日本ハムファイターズに移籍するとリリーフエースとして起用され覚醒。 プロ入り初セーブ、初勝利、初のオールスター戦出場も果たした。 |
| シーズン | チーム | 試合 | 勝 | 敗 | S | 投球回数 | 打者 | 安打 | 三振 | 四死球 | 失点 | 自責点 | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 平成29年 | ソフトバンク | 1軍出場なし | |||||||||||
| 平成30年 | ソフトバンク | 10 | 0 | 1 | 0 | 13 2/3 | 64 | 18 | 15 | 6 | 13 | 13 | 8.56 |
| 平成31年 令和1年 | ソフトバンク | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 2/3 | 5 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0.00 |
| 令和2年 | ソフトバンク | 1軍出場なし | |||||||||||
| 令和3年 | ソフトバンク | 18 | 0 | 0 | 0 | 16 2/3 | 67 | 9 | 14 | 8 | 5 | 4 | 2.16 |
| 令和4年 | ソフトバンク | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 16 | 2 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0.00 |
| 令和5年 | 日本ハム | 47 | 2 | 3 | 25 | 46 1/3 | 194 | 43 | 46 | 13 | 18 | 18 | 3.50 |
| 令和6年 | 日本ハム | 53 | 4 | 4 | 20 | 49 2/3 | 201 | 33 | 47 | 22 | 14 | 12 | 2.17 |
| 令和7年 | 日本ハム | 49 | 1 | 1 | 13 | 47 2/3 | 196 | 37 | 48 | 20 | 7 | 7 | 1.32 |
| 計 | 183 | 7 | 9 | 58 | 179 2/3 | 743 | 143 | 176 | 71 | 57 | 54 | 2.71 | |