「出口なき戦い」

杏林大学4年生の、悲運からの脱出を賭けた最終トライ

(東京新大学野球連盟2部に所属する東京農工大学3年の山口陽三が、 東京新大学野球連盟の1ファンとして独自の観点で勝手に語ります。 また、本文中は敬称略です)

主な登場人物


筆者の大学野球生活が、今年の11月で(実質)終わった。 最下位も優勝も、転落も昇格も味わい、いろいろなことが あった3年間、そのラストシーズンは杏林の優勝という 形で幕を閉じた。筆者個人として、もともと特別な 存在であると思っている杏林というチームが、筆者自身の 区切りのシーズンに優勝したわけで、そういうことも含めて 杏林というチーム名は筆者の大学野球生活の中で、一つの キーワードになるかもしれない。

さいきんの2部上位校
1位 2位
平成3年秋 東京農工大 杏林大
平成4年春 杏林大 日本工業大
平成4年秋 日本工業大 杏林大
平成5年春 工学院大 杏林大
平成5年秋 工学院大 杏林大
平成6年春 工学院大 杏林大
平成6年秋 工学院大 杏林大
平成7年春 工学院大 杏林大
平成7年秋 杏林大 東京理科大

彼ら杏林は、筆者が入学する数シーズン前から2部で優勝を 争っていたようである。優勝も何度かあるものの平成4年春を 最後に6季連続2位。平成5年というのは筆者と同期の 板橋虎太郎・高田建・土屋太らが附属高校から工学院に 入学した年で、急に工学院が強くなった年である。その あおりを受けた杏林は、2部で唯一工学院と対等に戦える 実力を持ちながら、下位チームに取りこぼすくせがぬけず、 2位に甘んじ続けた。ある意味、悲運のチームであった。 平成5年には板橋・高田クラスの作新学院高校のエース、 井沢俊介(これまた筆者の同期にあたる)が杏林に入学 するも、今一歩工学院を超えられずにいた。

平成7年、悲運の中で毎シーズン戦い続けた、今回の主人公 となる「彼ら」(平成4年入学生)が4年生になった。しかし 春は2位にはなりながら、3部から昇格直後の我々農工大に 4点差を9回にひっくり返されるなど、戦力の低下は 否めなかった。井沢も本調子ではない。このシーズンに 関しては工学院との差が開きつつあると感じられた。 ところがこのシーズンで工学院は1部へ昇格した。杏林に 大きなチャンスが訪れたわけである。

迎えた平成7年秋、杏林は春と同じメンバーながらチームを 立て直してきた。井沢も防御率1点台で5勝をマーク。 このシーズンに突如頭角をあらわした東京理科大と、 1部から転落したばかりの東京国際大に1敗ずつしたものの 8勝2敗で優勝。「敗者」の立場の筆者が言うのはおこがましく、 単なる負け惜しみでもあるが (我々農工大は今季4勝6敗の4位)、筆者自身は杏林の バッターの特徴や弱点はなんとなくつかんでおり、 10月21日の対杏林戦ではエースの下里友則 (国立高校出身、3年)がそこそこ抑えてくれたが、 やはり勝つことはできなかった。10月21日は 勝つチャンスあると思ったんだが・・・。初回の4失点が。


久々の2部優勝を飾った杏林は、11月11日、1部最下位の 高千穂商科大との入れ替え戦に臨んだ。今回の主人公の、 杏林4年生にとっては1年春以来の1部挑戦、3年生以下は 初挑戦である。筆者も杏林の1ファンとしてワクワクの 心情を持って東京都立大グランドに向かった。

平成7年11月11日 東京都立大学グランド 1・2部入れ替え戦第1戦
1 2 3 4 5 6 7 8 9
杏林大(2部1位) 0 0 0 0 0 2 0 2 1 5
高千穂商科大(1部6位) 2 0 0 0 0 0 0 1 0 3

とにかく井沢ががんばった試合だった。初回、高千穂の攻撃、 1番梅村のセンター横への打球を名手・三村が抜かれ、3塁打。 2番市塙のサードゴロを辻智也(堀越高校出身、2年)が取りながら 投げるときに落とし、エラー。3番寺山を歩かせてしまい、 井沢は突然ノーアウト満塁のピンチ。自力で2アウトまでとるも 6番森次に2点タイムリーを浴びる。井沢はその後もピンチの 連続。2回に2死1.3塁、3回に2失策から2死満塁、4回に 2死1.3塁(ここでもう100球)、5回に2死2塁、6回に 2死1.3塁、7回に2死1.2塁、すべてを0点で抑える。 その間、5回まで高千穂の、いまいちすごさを感じない 大越を捕らえられずにいた杏林打線だが6回に1死2.3塁 から渡辺のタイムリーで同点。8回にも渡辺の幸運な 内野安打と神尾の2塁打で2点を勝ち越し。8回裏にはまた 内野の守備が乱れて杏林は1点差にまで迫られるも、 辛うじて逃げ切り。井沢は165球の完投勝利。バックネット裏で 見守る、栃木から駆けつけた両親の前で(母親が輪郭似てる) 見事なピッチング。フォアボール多かったが、例によって。 一方の高千穂は8イニング、得点圏に走者を進めながら 実ったのが2度だけ。15もの残塁を重ね、故障の噂を 振り払うがんばりを見せた大越を見殺しに(大したことない ピッチャーに見えたのは故障だからか?)。そして早くも ガケっぷちに立たされた。杏林、1部まであと一つ。


平成7年11月12日 東京都立大学グランド 1・2部入れ替え戦第2戦
1 2 3 4 5 6 7
高千穂商科大(1部6位) 3 2 2 2 0 1 0 10
杏林大(2部1位) 0 0 0 0 0 0 0 0
(7回コールド)

杏林はどうするだろうか、と思った。「第3戦は次週(11月 18日)」という変則的な日程だけに、井沢に無理をさせるのも 一つの手ではある。しかし先発マウンドには中山。2部で だって通用していたとは言えないピッチャーだ(我々農工大に 大逆転食らったこともあるし)。「第3戦が来週なんだから 第2戦に無理をしても井沢で行くべきだ。わざわざ相手を 勢いづかせることはしない方がいい」という考え方も あるだろうし、特に第3戦を負けた場合にそう言われるだろう。 でも筆者は第2戦に井沢を温存するのは悪いとは思わなかった。 ただ中山じゃダメだ。結果がこうなったから言うのではなく、 試合前から筆者は「川野辺で行け」と思っていた。 川野辺は下手投げということで、特殊性の強いピッチャーだ。 見たことのないような遅い球に高千穂打線がはまることも あり得る。結局川野辺は3回途中から出てきて抑えはしなかった ものの、5・7回の3者凡退はよかった。

しかしこの日の高千穂は強かった。中山は送りバントや 盗塁アウトでしかアウトが取れないかんじ。ピッチャーの 志賀健太郎(志学館高校出身、3年)もよかった。切れの いいスライダーで杏林打線に見せ場すら作らせない。 軸となる2部の首位打者・三村もまるでタイミングあってない。 決着は来週に持ち込まれた。


平成7年11月18日 東京都立大学グランド 1・2部入れ替え戦第3戦
1 2 3 4 5 6 7 8 9
杏林大(2部1位) 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
高千穂商科大(1部6位) 1 0 1 1 0 2 0 0 × 5

いずれも勝ち星を挙げている、高千穂・志賀と杏林・井沢の 先発で始まった。1回裏、高千穂2死1.2塁のチャンスで、 井沢とショートの星野の牽制のタイミングが合わずに1.3塁 としてしまう。そして森次のセンター返しの打球を井沢が グローブに当て、はじく。こぼれたボールを拾いにいった 星野がこれを拾い損ねて1点。取ってもセーフだったかも しれないが、牽制ミスも含めてはっきり言って星野がやった 1点だ。2部のリーグ戦ではあまり目立たなかった星野の甘い 守備はこの日に限らず入れ替え戦を通して浮き彫りになっていた。 その後、井沢は悪くないかんじだったが4回に、比留川 (佐野日大高校出身)に3塁打を浴びて1点、5回にも暴投で 1点を追加された。やはり地力は高千穂が上か・・・。 杏林打線は先週に続き、志賀の前になすすべない。フォアボール をもらいながら、5回までノーヒットノーラン。しかし6回に ようやく捕らえかける。ワンアウトから三村がフォアボール で出てすかさず盗塁。そしてここまで3試合、いいところの なかった4番の星野がヒットでつなぎ、1.3塁。続く 渡辺もセンター前ヒットで続き、1点。さらに神尾が 痛烈なライト前ヒットで満塁。打線に4人並んだ4年生が 見事につなぐ。特に渡辺・神尾は、入れ替え戦で何となく いつもと違う杏林ナインの中で、比較的自分のプレーが できてる。勝っても負けても大学野球最後の試合となる 4年生、井沢に1部行きをプレゼントできるのか? そしてこの日7番に起用された5人目の4年生、山田に まわる。筆者はいいバッターとは思わないが、入れ替え戦 1・2戦で代打でヒットを打っている。志賀からも打っている。 今の杏林打線の中で最も期待できるかもしれない。この 山田の打球はライトへ。犠牲フライとなって2-3と1点差、 おもしろくなってきた・・・はずだった。次の瞬間、 杏林の歓声は悲鳴へと変わる。3塁ランナー・星野が タッチアップが早く、アピールアウト。またしても星野・・・。 「自分のミスでやった1点を取り返したかった」とでも 言えば聞こえはいいかもしれないが、こんな基本プレー、 ちゃんとできるだろう。

がんばってきた井沢、7回に1死満塁のピンチ。しかしここで 井沢は4番川合をショートゴロに打ち取った。ダブルプレーで チェンジ、のはずだったのだが2塁ランナーが横切ったのも あったのか、星野がこれを後逸。またまたまたまた星野。 星野の体を張らない、覇気のない守備がこんなところで 致命傷になった。決定的な2点が入った。

1-5のまま9回を迎える。志賀は6回以外は危なげない。 8回まででフォアボール七つ出してはいたが。そしてこの回、 渡辺がデッドボール(代走宮沢)、神尾がフォアボール。 志賀は簡単にフォアボール出すのが悪いくせみたいだ。 山田にもカウント0-2。4点差と言えば我々農工大が 4月23日に杏林から9回に大逆転した点差。あのとき 味わった喜びを、今、杏林に味わってほしい。しかし 山田はボール球を振ってストライクを見逃し、三振。 飯塚和男(宇都宮工業高校出身、2年)は初球を打って センターフライ。2部No.1キャッチャーの飯塚も、 2年生ということもあってか、入れ替え戦では攻守に あまりいいところがない。2死1.2塁と追いつめられた 杏林、9番の渡部真弘(茅ヶ崎高校出身、1年)のところで 安藤助監督(?)が出た。筆者が知る限り、ベンチに渡部より 打てそうなバッターはいないが、一人この場面でピンとくる 選手がいた。安藤助監督も筆者と同じことを考えたようだ。 ベンチに残った最後の4年生、宮川が代打に出てきた。 リーグ戦は1〜2試合くらいしか出てない。普段は試合前の ノックを打っている男だ。この場面で打てるとは思わないが 杏林ナインとしては文句のない起用だろう。できれば ノックのように簡単にヒットを打ってほしい。やはりあまり 出番のなかった4年生の山田・橋本は入れ替え戦でヒットを 打っている。代走屋の宮沢も第2戦で盗塁を決めている。 そして宮川のカウントは0-3になった。打てなくてもつないで ほしい。できれば末は三村まで。しかし宮川は1-3から セカンドゴロ。杏林の7季ぶりのトライは終わった。そして 「彼ら」の複雑な思いが交錯するであろう4年間は 幕を閉じた。


最後にこの入れ替え戦を簡単にまとめて終わろうと思う。 まず高千穂は強かった。リーグ戦では創価大から1勝を 挙げたらしいし。仮に運とか流れとかで2部に落ちても 国際大のようにはならずにすぐに優勝したと思う。野手 1人1人はしっかりしてるし、ピッチャーの志賀もよかった。 とは言え井沢は、井沢率いる杏林は、勝てなくはなかった ようにも思う。文章を読んでいてわかるかと思うが、 入れ替え戦での井沢の自責点は少なかった(2試合で2点)。 井沢が1部で通用するかは別問題としても高千穂には 通用してた。ただ、野手が弱かった。2部では個人レベルが 高いように見える杏林も、この入れ替え戦ではみんな、 2部の試合のようにはいかなかった。首位打者の三村は 9打数1安打、4番の星野は8打数1安打。守っては 星野の拙守が第3戦で一気に目立ったが、全体でも3試合で 14失策(失策の多い我々農工大よりも悪いペース)。 キャッチャーの飯塚も8回走られて1度しか刺せなかった。 先にも書いたが、普通にプレーしていたのは渡辺・神尾 くらいだ。そういう次第で、杏林は勝てなくはなかった だろうが、あとになって考えてみるとその可能性は思ったより 薄かったようだ。1番大きな差だと思ったのは、1点に 対するこだわり。第2戦での中山相手のスクイズや1.3塁 での重盗、第3戦でのアピールプレーや、走者が滑り込む 位置にわざと何気なく打者が置いていったバットを置いておく 捕手のプレーなどに、それを感じた(文章で書いてしまうと 平べったい記述になってしまうが、1点に対するこだわりが 違うのは確かに感じた)。そうは言っても第3戦に関しては 1点どころか星野一人で4点の差を作ってしまったが (守備で3点、走塁で1点)。試合後に泣き崩れる星野を こうして文章で批判するのは死人にムチ打つ行為かも しれないが、筆者は冷たい人間でもあるので、それでも あえて星野を責める。

そういうわけで、2部ではソツなく1点を取る野球が できてるように見える杏林だが、1部のチームはそれ以上 だということである。筆者の一つの目標として「杏林に 勝つこと」があって、それは春に思わぬ形で実現した わけだが、後輩にはやはり、もっと上を目指したチームに なってほしい。


今後、杏林はどこへ向かうだろうか? おそらく数シーズンは 2部の優勝を争い続けるだろう。しかし年々少しずつながら 弱まっているようにも見える。井沢がいる間はまだしも、 その後も優勝争いを続けるだろうか? 11月18日の試合後、 悔しさを感じたのは星野だけではないだろう。井沢も飯塚も 無念だったことと思う。その無念が晴れる日が、いつか来る のだろうか?


平成10年の段階での後日談を書くと、杏林は結局平成9年秋、 井沢の卒業後であるが、1部昇格を果たした。井沢の控え 投手だった川野辺がその立役者だった。筆者の予測は、 はずれに近い結果となった。また、筆者自身であるが、 この文章を執筆した当時は、このシーズンを最後に大学野球から 離れるのだろうか、と、漠然と考えていたものの、この シーズンは現役を引退したというだけの区切りとなり、 以後平成8年春に監督、平成9・10年にコーチとして 大学野球に携わることとなる。


筆者のメールアドレスは yozo@msf.biglobe.ne.jp

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