平成6年秋、オレの野球人生における一つの大きな事件が起こり、そして それは、かつてない経験だった。内容はどうあれ、それはある意味衝撃的な ことであり、何年もたった後においても鮮明に思い出せるものと信じたい。 ただ、細かい部分等、忘れてしまったときのためにあえて記録を残して おきたいと思う。そういう意味で、スコアブックや日記とはまた違ったものに できれば・・・と思っている。
平成5年11月、不覚にも我々東京農工大学硬式野球部は、東京新大学リーグ の2部から3部に転落した。平成6年春、2年生となったオレの野球生活は 3部からのスタートだった。しかしチームはかつてオレの所属したチームの 中でも例を見ないほどのまとまり・やる気のなさが目につき、リーグ戦は 3位に終わった。
そんなオレ達が、秋には1年生を新戦力として加え、結果的に3部優勝を
果たすわけだが、リーグ戦が始まるまで、オレ自身、どんな気持ちでいたかは
よくわからない。日記等に記録が残っているはずだが、複雑な心境だった
はずだ。チーム状況は「最悪は免れている」といった状況で、春と
大きくかわってないようにも見えた。それでも合宿の成功や練習試合の
連勝などで勝てる気にはなっていた。「これだけのメンバーで勝てない
わけはない」。リーグ戦前に、「2部にいくまで彼女はつくらない」
という誓いをたてたのも、こういう思いがあったからとも言えるだろうが、
その反面、不安もあった。何が不安だったかを言い表すのは難しいが、
優勝は簡単にできるものではないのだから、不安がないわけなかったの
だろう。ただ、春より不安が小さかったのは確かだ。この辺のことは、
開幕戦を翌日に控えた、9月9日の日記を読むとよくわかる。
それでは今から、リーグ戦10試合のうち、非常に大きな意味を持つことに
なった、多大な苦しみの末に勝利を得た二つの試合、そして日工との
入れ替え戦をふりかえってみたいと思う。
10月1日、3連勝中の都立と2連勝中のオレたちがぶつかった。実は雨に よる日程変更でこの対戦は1度、2試合とも10月末に持ってったのだが、 その後の事情で、1週間前くらいにこの日に試合を入れることを決めた。 ましてやオレたちは3週間ぶりの試合ということもあり、オレはうちの 選手達に精神的な影響がなければ・・・と思っていた。うちは当然ミノ(箕輪 純也、電子情報工学科2年生、左のエース。このシーズン投手2冠)を 先発させ、都立も予想通り窪田(窪田直、1年生、立川高校出身)が先発。 1回にうちが2四球で、2回に都立が2四球でチャンスを作ってるが、 はっきり言ってあまり覚えていない。そして3回に大ちゃん(大石努、 機械システム工学科2年生、鉄壁の二塁手)のタイムリーで、5回にシモ (下里友則、物質生物工学科2年生、4番。このシーズン、3冠王)の タイムリーで中盤までに2点を取った。このシモのタイムリーが、試合後の 反省でのポイントとなるわけだが、1死満塁ででたこのレフト前への速い ゴロのヒットで、オレは2塁走者・尾崎(尾崎龍哉、機械システム工学科 1年生、小柄だが三拍子揃った1番打者)を止めた。タイミング的にも ほぼ正解で、それを責める者はほとんどいなかったが、シモだけがオレを 責めた。シモの言い分では、「1点取って2点差になったんだから、強気に いってほしかった。次のサゲ(提箸敬史、物質生物工学科2年生、左の大砲) ・ヒデ(佐藤秀雄、機械システム工学科2年生、強肩捕手で意外性の一発も) も当たってなかったし、まわしてアウトになってもチャンスは残るんだ」 ということだった。これを受けてのオレの考え方としては、「点差は 考えてなかった。止めたのはタイミングを見てのこと。また、オレは サゲ・佐藤には期待してた」ということだったが(結果的にサゲ・佐藤は 凡退)、特に口にはしなかった。このシモの言葉が後に入れ替え戦で 生きてくるわけだが、オレが1番印象に残ってるのは、このワンプレイに ついて次の日の帰りの電車で、尾崎・山岡(山岡克、物質生物工学科1年生、 守備範囲の広いセンター)と意見交換ができたことだ。尾崎自身は、 タイミングがどうだったかはわからなかったみたいだが、「判断はすべて ランナーコーチに任せるように教えられてる」ということを言ってたし、 山岡は「シモさんは、試合が2ー0で終わったからああ言ったと思う。 確かに2点じゃ苦しかった。でもランナーコーチは絶対正しいはずなんだ。 ランナーは見えないのに、コーチャーは見えてるんだから」。オレは 自分の判断を正しいと思う人がいるのもうれしかったが、こういった 話し合いをすることができたことがなんとも言えずうれしかった。
その後、試合は膠着。うちはその後窪田を打てず、ミノは7回に1度 大ピンチを迎えるも、あわや満塁ホームラン、という窪田の大飛球を 尾崎が捕り、まして3塁走者がタッチアップしそこない、結局無失点。 2ー0のまま9回を迎える。打線は下位に向かうので、大きな心配は しなかったように思うが、相沢(相沢毅、3年生、武蔵野北高校出身) のライト後方へのフライを坂井田(坂井田篤史、機械システム工学科 1年、3番ライト。長打があるが守備に不安)が落とし、無死2塁。 続く荒川(荒川潤、2年生、八千代高校出身)にはカウント2ー0から フォアボール、一気に大ピンチだ。「長谷川(長谷川恵一郎、1年生、 青山高校出身)が送って、9番は松留(松留健、3年生、小金井北高校 出身、主将)でも代打でも一つアウトをとれるとして、一打同点の 場面で窪田か・・・」オレは多分そう思ってたが、なんとここまでリーグ戦 ノーヒットの長谷川が強攻し、三遊間を抜いた。"セオリー+オレの データ=100%バント" だったはずだが、現状は無死満塁だ。ヒットで同点、 外野を抜ければ負けだ。出てきた代打は谷口(谷口嘉浩、2年生、大教大 付属天王寺高校出身)。ミノの方が上だが、都立の控えの中ではイヤな 打者だ。前進守備だから変な当たりがポテンにもなる。この谷口が 3球目を叩いた打球は、今も鮮明に思い出せる。ワンバウンドでミノを越え、 大ちゃんがつっこんでくる。「タイミングあうか・・・!?」 大ちゃんの思い切り のよさが効を奏し、ひとまず捕った。「でも体勢が苦しい。ホームは 仕方ないから、ファーストでアウト一つだ」そうオレが思った瞬間、 大ちゃんはホームにワンバウンド送球。これは佐藤がうまく捕ったが、 相沢もつっこんできてて、オレははっきり言って「間一髪セーフ!」 と思った。しかし球審の手は上がり、アウト。ベンチ前でオレは多分 飛び上がってた。そして直後、「オレが守ってたら・・・」と考えてみた。 タイミングあわずにはじくか、捕ってもファーストに投げて1点やるか・・・。 大ちゃんの偉大さを感じたワンプレイだった。このプレイに関して大ちゃんは 「セーフになったら満塁にしたミノが悪いんだ、そう思って開き直ってた」 というコメントを残してる。そして続く窪田だが、これまた、一瞬、 身も心も凍るような大ファウルを打つが、結局、ボテボテの3塁線のゴロ。 マウンドを降りたミノが拾って、ホームでフォースアウト。これで峠を 越えた感じになった。2番の大沢(大沢俊介、2年生、都立武蔵高校出身) はこの日そんなに当たってなかったし、代打に出てきた星野(星野誠人、 3年生、前橋高校出身)も、そんなに怖くなかった。とは言え多少なりとも ヒヤヒヤしてたのが本当のところだろうが、結果はショートゴロ。 シモが低い送球でドキッとさせるも、アウト。9回裏だけでもすごく 苦しい試合だったけど、乗り越えて得た勝利は格別だった。都立を倒したのも そうだけど。9回裏だけでいい思い出だし、この試合を勝ったことで優勝 できたとも言える。そういう意味で、7回裏のタッチアップ失敗、 9回裏の好守は、今季を語るのに欠かせないことだと思う。
10月10日が終わった時点でうちは6連勝。追ってる都立と電機は2敗1分で、
うちは残り4試合2勝2敗でも優勝、という楽な展開になった。これについて
オレはみんなの油断を心配してたわけだが、オレが思ってるよりも大人のチーム
だということは、その後、みんなが証明してくれることになる。
10月16日、この日の試合に勝てば優勝だ。相手はやっかいな電機。みんなは
特別に緊張とかしてる感じはなく、まったくふだん通りだったと思う。
前日にミノを先発させたうちは、この日は粟本さん(粟本太朗先輩、農学部
環境・資源学科4年、右のエース)が先発。対する電機は新藤(新藤智彦、
3年生、熊谷西高校出身)だった。うちとしては長沼(長沼努、2年生、
市立船橋高校出身)の方がやりやすかったが、まァ、新藤に対しても、
春のようにまったく打てないこともないだろうと思ってた。その通りで、
1回、外野の守備も多少おかしかったが、尾崎の3塁打と大ちゃんのセンター
フライで先制。幸先はよかったが、粟本さんの立ち上がりが良くない。
寺園(寺園大、2年生、延岡西高校出身)にヒット、牽制悪送球、
土居(土居英徳、2年生、追手前高校出身)のバントをフィルダースチョイス、
志村(志村昌之、4年生、墨田川高校出身)にはフォアボールで、1人で
ピンチをつくる。無死満塁で、当たってないとは言え長沼。しかしここは
長沼、本当に調子が悪いのか、見逃し三振。しかし続くピンチでオレが
本当に恐れる新藤登場。何点入るか心配で多分ベンチでドキドキしてたと
思うけど、ここは押し出し。形としては悪いが、ある程度仕方ない気はした。
続く岡沢(岡沢克俊、2年生、東京電機大附属高校出身)のセカンドゴロで
2点目をとられ、なおもピンチで寺嶋(寺嶋智洋、2年生、善通寺第一高校出身)
このバッターは春より侮れない、と思ってまだまだ心配は続いていたが、
ファーストライナー。1塁にランナーいなくてサゲがベースについてなくて
よかった・・・といった感じだったか?
2回に佐藤の逆風をついた特大ホームランでおいつく。ひさしぶりの佐藤との ハイタッチだ。もう、新藤も怖くない。ところが3回、粟本さんおよび 内野がまだおかしい。志村のサードゴロを戸張(戸張雅人、物質生物工学科 1年、粘りが身上の地味な選手)がバウンドあわず後逸、長沼には フォアボールで、またもピンチで新藤。当然、失点を覚悟するが、新藤の 当たりは二遊間へ。大ちゃん、グローブに当てるも捕れず、1点入る。 なおも無死1・2塁でサード前にセーフティ気味のバントをしてくる岡沢も やっぱりイヤなバッターだ。1死2・3塁で寺嶋。この打席もいい当たりだったと 記憶している。レフトへの犠牲フライでもう1点。ツーアウトは取ったものの、 やはり粟本さんは不安定。自分のふがいなさに腹をたててる感じもあったし、 いつもより力も入ってて、フォームすら違ってる感じ。渡部(渡部純一、 2年生、東京電機大附属高校出身)に関しては、オレは何の心配もしてなかった けど、ここで暴投で1点献上。この回で3点のリードを許すことになったが、 その直後の3番からの攻撃を3者凡退に抑えられたとき、このビハインドの 重さを実感し、オレ自身は春のように新藤に抑え込まれるのでは、という 不安さえよぎった。
今シーズンのリーグ戦においての唯一と言っていい "逆転劇" が起こったのは 5回だった。ワンアウトから戸張がヒットで出塁。粟本さんもライト前に打ち、 この打球をライトの渡部が前に少しはじいて、処理にちょっと時間がかかった スキをついて戸張は3塁まできた。オレは、はじいたと言ってもすぐ前に見えた から「ストップ」の指示だったが、戸張の好走塁と言えるだろう。本人は、 よくわからないけど体が勝手に動いた感じだったらしい。1死1・3塁と なって薄(薄浩毅、物質生物工学科2年、足が売りの外野手)の打球は三遊間に ゴロ。戸張に対しては「Go!」だ。この打球をサード・寺嶋が飛び出さずに ショートが捕ったことが大きかった。セカンドに送球するも、間一髪セーフ。 オレも含め、ベンチは大喜び。「サード! お前のせいだ」「こっち向いて なんか言ってみろ、サード!」なんて言ってる。続くチャンスに尾崎の一二塁間 寄りのゴロをセカンドが止めるが、2塁送球はまたセーフ。もう、勢いは こっちのものだ。2点のビハインドはすぐに取り返せそうだ。しかし、いい 仕事をしてくれると思った大ちゃんはファーストフライでツーアウト。ちょっと 沈みかけたけどここは坂井田に期待。初球、低めの球を空振り・・・だけど キャッチャーが後逸してる。1点差になってなお2死2・3塁。1点差になった ことでオレ自身は坂井田が打てなくても後半に追いつけるナ、なんて思ってたら 坂井田が3塁線をゴロで抜き、大逆転。またしても「サード! お前のせいだ」 「さっきから何やってる!?」のヤジが飛ぶ。寺嶋、てなんとなく憎めない 顔してて、実はオレ、1人で、そばにいる寺島がちょっとかわいそうに思い 始めてた。
逆転はしたものの、まだ1点リードで安心はできない。しかし粟本さんが、 5〜7回、人が変わったような安心できるピッチング。そして8回に幸運な 内野安打で1点加えるも、その裏、粟本さんが岡沢にフォアボール、寺嶋に デッドボールでピンチ。このデッドボールは、この日粟本さん自身二つ目で、 電機ベンチはブーブー文句言ってる。岡安さん(岡安雄志先輩、農学部応用 生物学科3年、主将)はそれに対して「狙ったんじゃねーよ! 狙うわけねー だろ!」て怒ってる。オレは寺嶋にコールドスプレー持ってったが、痛そうな わりに「大丈夫です」なんて言ってくれてる。まァ、そんなこんなで無死 1・2塁となって、こっちはミノを投入。ミノは打たれるとは思わなかったけど、 ランナー置いてのリリーフ、てのが心配ではあった。しかし渡部に対し、 粘られながら三振。打てるバッターじゃないくせにバットを放り投げて 悔しがる渡部。そして続いて堀田さん(堀田俊彦先輩、電子情報工学専攻 修士1年、学生監督)系の男・三浦(三浦隆之、2年生、東京電機大学附属 高校出身)。基本的には打てないはずのバッターが、しぶとく三遊間を抜き、 満塁。打線は上位へ。今季そんなに当たってないとは言え、寺園はいろいろな 意味でイヤだった。しかし三球三振でツーアウト。でもイヤなバッターは まだ続く。数字に現れないしぶとさを持つ土居。粘った末のフォアボール、 なんてのが起こりやすいバッターだ。しかしここは簡単にフォアボールを 出さないところまで成長した(?)ミノがセカンドゴロに切って取り、無失点。 2点のリードで残り1イニング。半ば勝利は見えていた。優勝を目前にした 9回裏、ベンチは5回の攻撃の感じで盛り上がってた。岡安さんは8回から なんとなくイライラしてて、きついヤジをとばす。配色濃厚の場面で 打席に立った新藤も、かなり怒ってたみたい。彼も試合以外で話す感じでは "いいやつ"(年上だが)という印象だけど、自分が投げて負けてる試合は おもしろいはずもなかっただろう。
優勝決定の瞬間は、徳に大騒ぎするヤツはいなかった。試合後、胴上げは したが。次の試合で1塁審判をした尾崎が、電通・廣田(廣田忠克、2年生、 神戸高校出身)に「今日はこれからビールかけですか?」なんて聞かれたことを 付け加えておく。結局この日は、下宿生数人が大ちゃんの家で朝まで飲んでた、 と聞いている。
オレたちが10月16日に早々に優勝を決めた裏で、2部ではビリ争いが大変混乱 してた。この時点で駿台と理科大が3勝、日工と西東京が2勝。オレは多分、 「日工か西東京」と踏んでたと思う。10月11日の日記に、「よくはわからないが 日工が1番やりやすいのでは・・・」とか書いてある。
力を入れずに投げてた感じの杏林・井沢(井沢俊介、2年生、作新学院高校出身) に、日工はほぼパーフェクト。いいところは見られず、これならミノでも 抑えられそうな気はするが、油断は禁物。この試合では日工打線の分析は ほとんどできなかった。
堀田さんと一緒に試合を見た。堀田さんの話も参考に、西東京打線をチェック。 打線も、エース・青木(青木一央、3年生、静岡南高校出身)もメチャすごい わけではないが、まとまってる。特に守備が堅い。基本的に派手さがないチーム だけに、強さはあまり感じない。
負ければほぼビリ決定の日工、終盤に理科大・山口(山口直彦、2年生、 佐世保南高校出身、1年前の2部昇格の立役者)を打ち込み、逆転勝利。 このときの集中打、そして好投した勝俣(勝俣貴文、1年生、杉戸高校出身) は要注意だが、分析はだいたいした。そして次の試合、西東京は思い プレッシャーを背負って駿台に挑む。
青木が、レギュラーを落とした駿台を完封。バックネット裏で駿台を応援 していた日工メンバー、終盤に向かうにつれ、心なしか静かになっていく。 そして試合終了。日工の誰かがつぶやく。「入れ替え戦の日程、聞いてるよな?」 そんな言葉だったと思う。
オレがここで書いておきたいのは、この、入れ替え戦を含めた1週間強は、 とても充実してたことだ。そして2部の試合はほぼ平日だった。これまで 比較的まじめな学生生活を送ってたオレは、大学の講義を1日まるまる休んだり することはあまりないことだった。でも、この1週間強は、野球以外の ことをほぼすべて犠牲にできる気持ちだった。1週間くらい、野球のことしか 考えないのは、合宿などでもあったことだが、他のことを犠牲にしたことに それだけの充実感があったのだと思う。大学を休んで試合を見て、日によっては 大学にもどって練習して、家に帰れば相手の分析。本当にこの1週間強は 忙しかったけど楽しかった。授業休めてうれしい、てこと以上にめったに 味わうことができない充実感を味わえたのだから。優勝してよかった。
10月27日、決戦の日を迎える。オレたちは三々五々、創価大グランドに向かったが、 結果的にこの日はグランド状態不良で中止。決定が遅かったために連絡が まわらず、全員が創価大グランドに来てしまった。この日のことは日記に 細かく書いてあると思うので、ここでは省く。ただ、気勢をそがれてしまった のではないか、という心配があったことは記しておく。
10月28日、再び決戦の日を迎える。オレは尾崎・山岡とともに第1試合(高千穂 商科大VS工学院大)の当番で早めに来ていた。創価の人に「第1試合の6回ごろ になったらメンバー表を提出してください」と言われていたが、5回終了時 くらいでオレたち、9人もいない。シモバス隊が来てなかった。日工は もうアップを開始してる。不安がよぎる。堀田さんの指示も仰いで、いつもの メンバーでメンバー表は提出。そのころ、ようやくシモバス到着。決戦の 当日までいつも通りのオレたちだ。
13時4分試合開始。日工の先発は勝俣だ。1年生とは言え、当然の起用だろう。 1回表、ベンチが聞いたことないほどの大騒ぎ。みんな、気分がのってるようだ。 大事な一戦を迎え、勝ちたいという強い気持ちの他に、この試合に臨める ことをうれしく思う気持ちもあるようだ。1回表は結局無得点だったが、 うちのミノも無難な立ち上がり。堀田さんも唯一「いいバッターだ」と 認める宮永(宮永諭、3年生、新潟工業高校出身)もセカンドゴロに 打ちとり、4番の木村(木村昭裕、1年生、高崎工業高校出身)も完全に力負け してる。いけそうだ。
3回表、試合が動いた。ツーアウトから尾崎・大ちゃんが出塁して坂井田。 初球を叩いた打球は左中間へ。「ヒットだ! 尾崎はかえれる!」尾崎をまわす。 ところが打球は転がり、左中間を抜いた。長打だ。大ちゃんも走ってくる。 センターから中継のショートにボールが返ってくる。オレはとっさに、 10月1日の試合での「1点取ったんだから強気にいってほしかった」という シモの言葉を多分思い出していた。タイミング的にかなり迷い、苦しい決断 ではあったが大ちゃんをまわした。しかし結果はホームタッチアウト。さすがに ショートの茂木(茂木利彦、2年生、児玉農工高校出身)も3部のショートと 違う。このプレイに関しては、オレの判断を責める人がいてもおかしくなかった。 ツーアウトとは言え、敵の守備は堅い。まして次のバッターはシモだ。でも誰も オレを責めなかった。1番ほっとしたのはシモが、「ヨーゾー、OKだゾ」 て言ってくれたことだ。そしてベンチに戻って堀田さんの「まァ、相手の 守備がどんなものかを試したと思えばいいんじゃない?」という一言で 完全に救われた。
この試合、ミノに言わせれば、「相手の先発投手は立ち上がりからガチガチだった」
ということだ。4回、2死満塁から勝俣が、考えられないようなボークを
やらかした。想像もつかないような重いプレッシャーを背負って投げてたの
だろうか・・・? 5回には尾崎のヒット、大ちゃんのバントをフィルダース
チョイスにした、無死1・2塁に坂井田に強攻させてゲッツーで点が取れなかった
ものの(この作戦について「岡安さんがわからない」て大ちゃんがこぼしたのを
覚えてる)6回には2死2・3塁で山岡の一打が、動きの悪いファーストの横を
抜け、2点追加。点差に余裕が出てきたが、その裏、日工の反撃。ヒット、
フォアボール、暴投で無死2・3塁として宮永。しかしここは浅いレフトフライ
に打ちとり、ワンアウト。宮永はふだんあまり当たらない左投手がイヤなのか、
この日はそれ程怖くない。続く木村のショートゴロで1点やってツーアウト。
2死3塁となって半田(半田哲朗、2年生、白石工業高校出身)。日工打線の
中では打つ方なんだろうが、いまいち怖さを感じない。この打席も3塁線への
ゴロ・・・・・・だがこれが抜ける。2点差だ。ベンチに帰ってきたとき大ちゃんが
「飛べば(グローブにボールが)入るかもしれないって言ってるだろ」と戸張を
叱ってた。
しかしこの2点で気が引き締まったのか、7回、シモ・サゲ・佐藤の3連続
長打で3点追加。オレも忙しい。そしてついに勝俣KO。このちょっと前に
「もう限界だ、ピッチャー! 準備しとけー、17、11!」て言ってたら茂木
がこっちにらんで何か言いたそうだったけど、ここは11の熊田(熊田芳紀、
3年生、清陵情報高校出身)が出てきた。
「ここで登場か〜!?、3年生」。今度はサード・五十嵐(五十嵐修、3年生、
釧路工業高校出身)が「やけに詳しいな」。オレは「当然だ。オレは
スコアラーだ。何でも知ってるゾ」とか答えた気がする。まァすでに大勢は
決まっていたが、熊田からも加点し、この試合は9ー2でものにした。
うちの選手には大きなプレッシャーはなかったようだ。ただ、この試合の帰りに
尾崎だか山岡だかが、前日(27日)の朝、実はけっこう緊張してたようなことを
もらしてた記憶がある。
オレの記憶の中では、この第1戦は比較的鮮明でない。ましてや終盤の得点
シーンやミノの好投はかすかな記憶でしかない。おそらく第2戦の方が
強いのではないかと思う。
10月29日の八王子駅からのバスの中、適度の緊張感があった。「あと1つで
目標達成。今までやってきたことが、今日でむくわれる。でも、負ける
ことは考えたくないけど・・・もしも今日負ければ流れで明日も危ない。
決めるなら今日だ。うわ、でも負けたらすげェ怖い。今までやってきたこと、
全部パーか・・・」そんな感じだったと思う。ただ、バスに乗る前に、日工
メンバーも一緒にならんでるところで「今日勝ったらうちあげですよねェ。
できれば今日じゃない方がいいんですけど・・・」とか平気で言ってる
尾崎なんかは、特別な緊張感はなかったかもしれない。
試合前のアップなんかもごく普通だったと思う。でもシートノックで、オレ 自身はどうもうまくいかない。まわりを見渡してもうちのノックはあまり パッとせず、日工に見下ろされてる気すらする。確かにノックは日工の方が うまいし、選手1人1人の肩とかスピードもうちよりよさそうだ。でも 現実に前日は大差で勝ってる。試合になると日工と互角以上に戦える自分達が、 ちょと不思議・・・。
10時23分、試合開始。相手の先発はなんと熊田だ。前日、敗戦処理で出てきて それほどいいピッチングしたわけでもないのに。しかしなめてはいけない、 と思ってたら、1・2回とランナーを出しながら無得点。「みんな、やっぱり なめてるんだろうか・・・? でもランナーは出てるし、点が取れなくはないだろう」 そんなこと思ってたと思う。
こっちの先発・粟本さんも普通の立ち上がり。キャッチャーの佐藤もすばらしい 送球で宮永の盗塁を刺したりして、調子よさそうだ。そしてこの試合も3回に 動いた。大ちゃんがフォアボールで出塁、坂井田のバントをピッチャーが 滑ったのか、つかみ損ねて無死1・2塁。またも迎えた先制のチャンスに、 シモはデッドボールで満塁。熊田自身、昨日から早くも4度目の満塁で、 うちのベンチからは昨日から引き続き「また満塁策かァ!? ピッチャー!」 のヤジがとぶ。そしてサゲの一打はセンター前へのライナーのヒット。 坂井田は止めようかと思ったけど、よく見たら打球はセンターの正面では なく、多少ずれてる(レフト寄りかライト寄りかは忘れた)。ゆうゆう2者 生還だ。なおも続くチャンスに、佐藤のバントをファーストがつかみ損ね、 また満塁。このファーストは前日、途中からサード守って、うちのベンチと 口げんか(みたいなの)してたヤツ。このエラーでこいつにもヤジがとぶ。 「ファーストなにやってんだ、お前のせいだゾ!」「これも満塁策か、 ピッチャー!」。続くバッターは永沢さん(永沢恵一先輩、農学部環境・ 資源学科4年、4年春までクリーンアップを務めた、2部でもトップレベルの 好打者)。まだまだ点が取れそうだ。
実は前日の試合で永沢さんは熊田にタイミングが合わず、三振に打ちとられてる。 しかしさすがにこの打席は違う。3球目を叩いた打球はオレたちの夢を乗せて レフトへ伸びる。「ホームランか?」一応、シモにはタッチアップの指示を出す。 サゲは2〜3塁間で立ったまま打球を見続けてる。打った永沢さんは、 その瞬間に確信したのか、1塁ベンチに向かってチラッと笑顔を見せた、 と聞いている。そして・・・・・・レフトは下がるがはるかに頭の上だ。 満塁ホームラン。シモが「よっしゃあ」と言ってホームへ向かう。サゲは 2〜3塁間でバンザイしてる(このサゲのバンザイは、オレの脳裏に強く 残ってる。今季のベストシーンかもしれない)。1塁ランナーの佐藤と、 サードをまわったところでハイタッチ。いつものように「おお、オレじゃ ねェよ」の言葉が返ってくる。そして打った永沢さんとハイタッチ。 これまたいつものように、永沢さんのは力入ってて、手に響く。そして ベンチも、まるでサヨナラホームランでも打ったかのような大騒ぎ。 永沢さんも手荒い祝福を受けていたようだ。一方のオレの背後の日工ベンチは、 永沢さんが打った瞬間に静まり返った。レフトスタンドに打球が消えて 数秒後、誰かが「まだ序盤だよ!」といってかろうじて沈黙を破ったが、 やはり全体的に元気はなくなっていたようだ。通用はしないと思ってたが、 この展開にしてしまった熊田の立場、ちょっとかわいそうな気すらしたが、 当然そんなことは言ってられない。オレたちは勝つんだ。勝てる!
直後の4回、粟本さんが宮永にソロホームランを浴びる。これは仕方なかった か・・・。「ランナーいなくてよかった」というのがベンチ全体の本音だろう。 しかしその後も粟本さんがピンチをつくり、柴崎(柴崎善勝、3年生、久喜工業 高校出身)のタイムリーで1点取られ、なお無死1・2塁。どうも粟本さん、 ピリッとしない。ミノをブルペンに向かわせる。堀田さんが「この展開で この試合を落とすようなことがあれば明日も危ない。こうなった以上、 勝たなきゃいけない。ミノをいつでもつぎこめるようにしておかないと」 とか言ってたのはこの場面だったと思う。しかしここは粟本さんがふんばり、 深見(深見大輔、1年生、七尾工業高校出身)をライトフライ、脇田(脇田秀之、 3年生、東京工業高校出身)はボール球振ってくれて三振、茂木をサードゴロ (戸張の送球は危なかった気がする)と打ちとり、無失点。点差も一応あるし、 なんとかなるだろう。4回裏には1点を加え、熊田をKO。ここまで投げ続けた 熊田は恥さらしみたいだし、ベンチに戻っても周りの目は冷たいだろうナ、 て考えると少しかわいそうだが、これも当然の仕打ち。そして熊田を代えるとき、 サードの柴崎がセンターの宮永の指示を仰ぎに行く。結局斉藤(斉藤貴之、 3年生、春日部工業高校出身)が2番手投手として出てくるわけだが、 このときの宮永もなんとなくさびしそうだった。
7ー2となって5回。粟本さんはまだピリッとしない。ヒットのランナーを 佐藤が刺したりするが、フォアボールとヒットで2死満塁のピンチ。 迎えるはイヤなバッター・柴崎だ。オレはベンチで「大丈夫だよ。ICUの ときつらかったじゃねェか。あのときより楽だよ!」と励まし、岡安さんも 「全然ピンチじゃねェよ。怖くねェよ」と言ってる。しかしボール先行で 苦しくなり、押し出しのフォアボール。この4球目のボール球もワンバウンド になるなど、はっきり言って粟本さんはアップアップだ。指のマメが つぶれたりしてたかもしれない。内野がマウンドに集まる。ミノは投球練習 を続けてるが、ベンチはまだ代えるつもりなかったと思う。大ちゃんが ベンチに向かって「岡安さん、どうするんですか?」て聞く。そばにいた オレが手で×印つくる(まぎらわしいが、「交代はない」のサインのつもり だったのだろう)。続投だ。迎えるバッターは深見。前日ミノからヒットも 打ってる。押し出しも怖い。しかし粟本さんががんばった。ここはストライク 先行でレフトフライに打ちとる。深見はこれでチャンスで3度凡退。エラーも してるし深見の起用がネックになってるようだ。
その後うちの打線は斉藤の前に沈黙。斉藤が先発だったら危なかった。で、 こっちの粟本さんも、6〜8回はノーヒット。宮永もセーフティバント+ ヘッドスライディングで出塁への意欲を見せるも、こっちにしては打って 来られた方がイヤだった。そんなで、7ー3のまま9回を迎える。もうすぐ 勝てる。絶対勝てる。2部復帰まであと少しだ。ちょっとドキドキしてくる。 ワンアウトから、宮永がヒット。しかし続く木村はバットが出ない。重圧が バットにのしかかるのか、見逃し三振。ツーアウトとなって半田。ベンチは、 と言うかオレ自身は一応飛び出す用意。しかし半田はヒットでつなぎ、 柴崎もヒットで1点かえされる。このヒットを、エラーはつかないものの、 山岡が処理にもたつく。緊張してるんだろうか。オレも、勝利を確信はしてる ものの、いろいろな意味でドキドキが続く。どうせ勝つならもう少し盛り上げ て勝ってもいい、とも思ったかもしれないが、そうも言ってられない。 2死1・2塁で深見。「負けたらお前のせいだゾ!」のヤジがベンチからとぶ。 オレも深見には「打てなかったら負けだゾ! 3部だゾ、お前のせいで3部 だゾ!」。そして粟本さんには「大丈夫だよ、大丈夫だよ。オレたち、 ICUに勝ってるんだ、都立にも勝ってるんだ、工学院にだって勝ってるんだ ゾ〜」て叫ぶ(バックネット裏の工学院ナインはどう思ってただろう)。 そして4球目・・・。落ちる球(だと思う)に深見のバットは空を切る。勝った! オレも、形だけもジャンプしてみたりしてホームベースに向かう。粟本さんには 大感謝だ。一方の日工は当然意気消沈。整列のときは宮永を見てみた。 無念そうだ。このときはわからなかったが、ちょっと泣いてたとも伝えられている。
オレは、これまでの野球人生の中で、"優勝" という経験はなく、どういう 気持ちになるものかわからなかった。今シーズンに入る前だったか、いつ頃 だったかは覚えてないが、3部で優勝して2部に復帰するようなことになったら どのくらいうれしいものなんだろう、なんて考えてみたことがあった。 感極まって涙流すこともあるのでは、とも思っていた。しかし、実際優勝して みて、2部にも復帰して、もちろんうれしいんだけど、心の底から自然に 沸き上がるようなうれしさがない。胴上げとかして盛り上がってはいるのに、 今年の巨人の落合のような笑顔は多分見せてない。うれしくてたまらなくて、 もう、なんでもやっちゃう、というような気分にまでなってない。粟本さんが 深見を三振にとったときに、ベンチでて、ジャンプしたりしたのも、体が 無意識にやったことじゃなかった。理科大が昨年うちに勝った瞬間は、 内野手とかベンチの選手とかもマウンドに集まって大喜びしてた記憶がある。 そう考えれば、オレだけじゃなく、他の選手も、どうしようもないほど はしゃいでるのはいなかった。まァ、他の選手についてはここでいいとして、 自分自身はどうして心の底から大喜びしてなかったのか、原因はわからない。 一つに「まだもとにもどっただけ」というのがあるかもしれないけど、 それだけでも喜んでいい。いちいち大喜びしない程度まで自分が成長して しまったのだろうか・・・? あるいは、一つに「実感がわかない」というのも あるかもしれない。これは原因の一つかもしれないが、よくはわからない。 そして、試合後のうちあげでも、ちょっとした悔いが残ってる。オレ自身、 普段の飲み会となんらかわってなかった。立場的につぶれるのはまずかった かもしれないが、この夜はどうなってもいい、くらいの気持ちでいてよかった。 カラオケでも、いつも以上の盛り上がりがほしかった。そう考えると、 この特別の意味を持つ夜をなんとなくむだに過ごしたようでもったいなかった 気分。2部で優勝すれば、もっと喜びが大きいだろうし、そうなればうちあげ でも大盛り上がりしたい・・・けど、2部優勝はつらそう。可能性は十分 あると信じてるので、もちろん狙うが。
長々と書いてきた "いい話" も、あとあじが悪くなってきたようだ。 喜びの度合いはどうあれ、全体を通して、やっぱり "いい思い出" だった。 そして、その "いい思い出" をここまで書いてきたわけだが、文章の うまい、へたはいいとして何年か後に読み返してみた時に、おそらく いい気分になれるものと思っている。また、この文章は自分のために 書いたものであるから、特に他人に読ませるつもりはないが、ともに 戦った農工ナインになら、読んでもらいたい気は少しはある。「そのとき ランナーコーチはどう思ったか?」「そのときスコアラーはどう分析したか?」 なんてのもおもしろいかもしれないし、なにより、この喜びをわかって もらえると思うからだ。
(平成6年12月、東京農工大学硬式野球部、山口陽三)
東京新大学野球連盟のページ(佐々木氏作成)