「染まる」という言葉をいくつかのひとりごと集の中で筆者は使ってきた。 「染まる」ということは要は、ある環境で戦っているうちにその環境に慣れて いく、というようなことである。弱いものが強いものが集まる環境に置かれると、結果的には 敗戦が続くのだがそのうちに少しずつ強くなる、あるいは強いもののよい面を 吸収していって、強くなくてもなんとなくその中で戦っていることが不思議でなく なってくる。逆に強いものでも弱いものが集まる環境に置かれると、ある程度 の勝利は挙げられてもそのうちに少しずつ弱くなっていったり、強いのだが あくまでその環境内でだけ強いだけに留まってしまう、というふうになってくる。 こういうことが、一般社会の中でどれだけ起こっているのか、筆者はよくはわからない のだが、筆者が所属する東京農工大学硬式野球部が所属する東京新大学野球連盟という 狭い社会の中で見ると、よく起こっている。
それではどのようにその現象が起こっていくのだろうか。まず「ある部(1部・ 2部などの部)である程度の期間戦い、その間優勝も最下位もない場合はもちろん、 優勝や最下位を重ねてもその部から出ることがなければ、ある程度までは シーズンを重ねるごとにその部に染まっていく」ということが言えると思う。 ただこれでは非常にあいまいな上にどのように現象が進んでいくかの説明に なっていない。ごたごた理論を並べてもわかりにくいので、失礼を承知で例を出そう。
例えば1部に昇格して3季1部で戦った日本工業大は、1部上位校と点差的には 接戦を演じているがなかなか勝利につながらず、苦しい戦いが続いている。 3部から一気に2部を駆け抜けて1部昇格を果たした日工大が1部でどこまで 戦えるのか心配されたことだったろうが、力不足ながらなんとなく1部で 試合になっている。そして今季(平成10年秋季)は1部で最下位になり、 2部転落も心配されたものの、実力的にやや上かと思われた日本大学生物資源科学部 を2連勝で退けたのは他のページでも触れた通りである。 日工大はまだ発展途上ながら1部に染まり始めているように見える。反面、 1部昇格2シーズン目で4位に浮上した杏林大は、今季に限っては日工大よりも 上の順位を勝ち取ったがまだ1部に染まってきたかどうかは何とも言えない。昇格後 最初のシーズンは2部での野球をそのままやった形で最下位になってしまったし、 今季の4位も3強3弱の、3弱の中でトップを取ったというくらいの意味合いで、 本当の勝負はこれからだろう。例えば高千穂商科大は1部の中で最近は まったく精彩がなく、上位チームに大差で負けるし下位チームに勝点を 取られることもあり、最下位争いに参加することが多いのだがこのチームが 2部に転落する姿はまるで想像がつかない。やる気が前面に出てきにくい チームなのだが「ちゃんとやれば強いだろうな」という雰囲気を感じるし、 実際1部6位校として臨んだ入れ替え戦を筆者は2度見ているが(平成6年秋、 平成7年秋)、強さというか抜け目なさを感じ、このチームが2部に落ちることは ないと感じた。このチームに関しては "1部にどっぷりつかっている" 雰囲気を感じている。
例えば2部の東京理科大・東京農工大・駿河台大も十分に2部に染まっていると 考えられる。駿河台大が平成5年から現在まで、理科大が平成6年から現在まで、 我々・農工大が平成7年から現在まで2部で戦い続けている。最近は 駿河台大が3季連続最下位に甘んじているものの3季とも入れ替え戦で 勝って2部に残っている。これは2部で長く戦ってきたためにチームに 2部に対する強い意識が生まれ、また自分たちが2部のチームであるという 考え方がかなり固まっていたためであろう、というような話を他のページ で書いた。もちろん技術的に2部の野球に慣れていることも3部に落ちにくい 要因だ。平成9年春に理科大はかなり悪いチーム状況で2部最下位になり、 結局はシーズン途中からチームに加わった白坂公一(2年生、仙台第一高校出身) の活躍もあって3部転落を免れたが、この入れ替え戦のあとに理科大の一部の 人間に「試合の途中で都立大にリードされても、冷静にお互いの戦力を 見つめてみて負けている気がしなかったから慌てなかった」といったコメントを 聞かされたことがある。この気持ちを持てることもまた、2部に染まったことによる 恩恵だ。ただ、このことは恩恵ばかりを受けられるわけではない。駿河台大は 平成8年春に、理科大は平成7年秋に、農工大は平成9年春と平成10年春に 突発的に優勝争いに参加しているのだが、いずれも本当に勝たなければいけない 大事な試合を、プレッシャーがかかってことごとく落とし、優勝を逃している。 2部に染まってしまったからこそ優勝しにくい、1部にはかなり昇格しにくい チームになってしまっているのもこの3チームであると言えよう。3部に転落しにくいが 1部にも昇格しにくい、そういうチームになってしまうのである。
ここ数年で最も顕著に染まったのは東京国際大だろう。平成7年春後の入れ替え戦で 工学院大に1勝2敗で敗れて2部転落。このときのチームは1部で戦っていくには 苦しそうな戦力だったが、個人のレベルを考えれば2部で優勝してもおかしく なかったと思われる。ただ、チームの勝利を妨げる諸々の事情もあり、苦戦続き。 平成8年春に7勝3敗で拾いものの優勝を飾ったが1部6位の工学院大との 入れ替え戦であっさり2連敗。このころすでに、勝っておかしくない試合を 変な形で落としたりする試合もあってチームが波に乗っていなかったのだが、 まとまりがない中で個々人がクールに、勝手にそれぞれの能力を発揮することはしていて 雰囲気的に1部らしさ、「このチーム、噛み合えばかなり強いぞ」という雰囲気は まだあった。しかし平成8年秋、平成9年春と1部復帰どころか優勝もできずに 過ごし、平成9年秋から監督も代わりチームの雰囲気もだいぶ変わった。 今の2年生の学年がチームに加わったこともあり、戦力的にも雰囲気的にも このシーズンから国際大は別のチームに変わったかんじだった。 それからは平成9年秋に2位、平成10年春に優勝、平成10年秋に2位、といい 戦績を残しているのだが、雰囲気が完全に2部なのである。転落当初は「弱い1部 チームが一つ、2部に混ざっている」というかんじだったのだが今は 「そこそこ強い2部チームといっしょに試合をしている」というかんじである。雰囲気も かつてのクールさはなくなり、明るい雰囲気にはなったのだが2部の他チームの バカ騒ぎと変わらないのである(もちろんそれでも他の2部のチームに比べれば 1部昇格の可能性はある)。なんというか、ここでの「染まる」は技術や戦力だけの 話ではなく、雰囲気的なものを含めて言っているような気が自分でしてきた。 余計定義が難しくなってきてしまったようだ。
少し話の角度を変えよう。筆者は「染まる」「染まらない」を分ける一応の基準を、 自分の中で持っている。"4シーズン理論" と自分で名づける理論なのだが、 その名の通り、「4シーズン同じ部で戦い続けたチームはその部に染まったと 言っていい」とする理論である(かと言ってそれが10年・20年にわたって染まり 続けるかと言えばそれもそうとは言えないのだが)。例えば最近、上の部から下の部に 転落してまた復帰した チームを挙げると平成6年秋後の入れ替え戦で2部から3部に転落した日工大は 丸4シーズン3部で戦ったあとの平成8年秋後の入れ替え戦で2部復帰を決めた。 農工大は平成5年秋後の入れ替え戦で3部に転落したが丸2シーズン3部で戦った あとの平成6年秋後の入れ替え戦で日工大と入れ替わりで2部復帰を決めた。 東京都立大は平成5年春後の入れ替え戦で3部に転落したが丸4シーズン3部で 戦ったあと平成7年春後の入れ替え戦で2部復帰を決めた。逆に4シーズンたっても 復帰できないチームとして平成7年春後の入れ替え戦で2部に転落した国際大、平成8年春後の 入れ替え戦で再び3部に転落した都立大などが挙げられる。これは昇格した場合にも 同じことが言え、昇格後4シーズン耐えれば再転落しにくくなる、となる。 駿河台大・理科大・農工大はいずれもここ数年の間に3部から上がってきて 4シーズン以上2部で戦い続けてきているチームであるし、 4シーズン以上耐えられなかった都立大・西東京科学大(現帝京科学大)・ 東京外国語大といったチームは再転落してなかなか昇格してこない。 結局染まるに十分な時間を過ごせなかったのだろう。工学院大も平成7年春後の 入れ替え戦で1部昇格を果たしたが丸4シーズン1部で戦ったあと平成9年春後の 入れ替え戦で2部転落となっている(工学院大の場合は「染まる」「染まらない」 よりももう少し違う事情がある。結局板橋・高田依存型のチームだったと言って しまえばそれまでだった気もするのである)。
それではこの4シーズンという数字にはどれだけの信頼性があるのだろうか。 ここまでの話では偶然の一致か筆者が都合のいい例だけを出してこじつけている ように思われても仕方がない。ただ、筆者はこの4シーズンという数字は一つの 基準にしていいのではないかと思っている。4シーズンというと、2年間である。 転落や昇格が起こってから4シーズンその部に所属し続けるとチームの構成は どうなっているか。学生野球をフルにやったとして8シーズン。2部のチームでは、 あるいは理科系大学のチームでは6〜7シーズンで引退する選手も多いので、 4シーズンたったらチームの半分以上、場合によっては3分の2くらいメンバーが 入れ替わっている。結局前の部にいたことを知る人間は減っていく一方だし、 新しく入ってきた人間は、チームがかつて違う部にいたことを話としては 聞かされるが今一つ実感が沸かない。例えば転落した方を考えると、転落を 目の当たりにしたメンバー、「絶対に上に戻ってやる」と思っているメンバーたちが だんだん減っていき、新しく入ってくるメンバーはまず自分たちがその部にいる という認識が先にある。「今、この部にいる。だから一つ上の部に上がろう」 という意識になる。結局転落してきたチームじゃないチームと同じ意識で、 「戻ろう」という意識ではなくなる。そこに微妙な違いがある。 昇格してきたチームも最初のうちは再転落を避けることに必死なのだが 何シーズンか戦ってなんとか転落を免れ、メンバーも入れ替わっていく中で いちいち転落の心配をすることが不自然になってくる。新しく入ってくるメンバーは 特にそうで、それよりもその部で少しでも勝っていくこと、少しでも上の順位に 上がることを目指し始めていく。これもまた昇格してきたチームじゃない チームと同じ意識になっていくわけである。
以上が「染まる」ことから4シーズン理論への話の概要である。筆者が当連盟に 関わるようになった平成5年から平成10年までを見てみるとかなりよく当てはまっていると、 自分では思っている。ただ、理論であるから本来汎用的であるべきはずだが これが他の社会、例えば他の大学野球連盟で当てはまるかというと、 それはちょっと何とも言えない。調査をしていないので当てはまるかどうかも わからないということが一つあるのだが、例えば有名な東都大学野球連盟などを 見てみると、わりと激しく入れ替わりが起こったり「○年ぶりの□部復帰!」 などということも起こっているようだ。そう考えると筆者の4シーズン理論も、 なかなかどこででも当てはまっているわけではないようだ。
平成9年秋後の入れ替え戦で1部に昇格した杏林大、2部に転落した日本大学生物資源科学部 が果たしてこれから染まっていくのか、あるいはすでに染まったと思われている 他のチームの突然の昇格や転落が起こるのか、筆者が大学を離れてもしばらくは 興味が続きそうだ。