(山口陽三筆)
「入れ替え戦」。それ自体、死闘と言える戦いではあるが本当に死闘だったのではないかと 思わせる戦いに遭遇した。
平成25年秋の東京新大学野球連盟。1・2部の入れ替え戦は、1部最下位校・東京学芸大と 2部優勝校・高千穂大との間で行われた。実は1・2部の入れ替え戦で両者の顔合わせは4季連続。 しかも2季前(1年前)の平成24年秋の入れ替え戦では、2部優勝校だった高千穂大が1部最下位校だった 東京学芸大を2勝1敗で破って入れ替わり、これは50年以上1部に君臨した東京学芸大が2部に 降格するという歴史的事実にもなった。翌シーズンのリターンマッチで再び入れ替わり、 今季は再び立場を入れ替えての対決。どの組合せでも熾烈な戦いとはなるが、因縁まで渦巻く 名物カードとなっていた。
シーズン | 1部最下位校 | 入れ替え戦結果 | 2部優勝校 | 備考 |
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平成25年秋 | 東京学芸大 | ??? | 高千穂大 | |
平成25年春 | 高千穂大 | 0勝-2勝 | 東京学芸大 | 入れ替わり |
平成24年秋 | 東京学芸大 | 1勝-2勝 | 高千穂大 | 入れ替わり |
平成24年春 | 東京学芸大 | 2勝-1分-0勝 | 高千穂大 | 残留 |
平成23年秋 | 東京学芸大 | 2勝-1分-0勝 | 日大生物 | 残留 |
迎えた平成25年秋の入れ替え戦。戦前の筆者の予想は「学芸大有利」だった。 というのも1年前の歴史的事実が相当こたえたのか、この秋1部で見た学芸大は、急に強く なったとは言わないもののしっかりした野球をやっていた。周囲の雑音も相当入ったであろう中、 よく立て直してきたと感じたものだった。結果的に勝ち点0には終わったものの1部5チームと 互角の試合は多く、創価大・東京国際大といった強豪校とも終盤まで互角の試合を演じていた。 対する高千穂大は非常に苦しんだシーズンだった。2部リーグ戦で結果的には優勝を飾るも、 中盤までに喫した2敗が痛く、終盤の優勝争いは「負ければV逸」が続く中、がけっぷちで 勝利を拾い続けて逆転優勝を飾った。筆者も1日だけ観戦に行ったが、 2部のリーグ戦全体が団子のような勢力図になりかけており、 高千穂大が突出したかんじはしなかった。
筆者は第1戦を観戦したが球場到着が3回で、序盤の攻防は見ていない。高千穂がリードしているのは 多少予想外だったが、なるほど、こうして対戦を見てみると互角なレベルだ。 立て直したと思った学芸大が、何人かリーグ戦とは違うメンバーが出ているようにも見受けられたのは 不思議な気がした。3-2の拮抗した展開の終盤、9回表に高千穂が1点を勝ち越して勝負の大勢は決まったかに見えた。
しかし学芸大が反撃した。9回裏、8番の代打で出た山田祐介(1年生、刈谷高校出身)が詰まりながらも 右前打で出塁。当たりはともかく代打の選手がこの場面で結果を出すとは層も厚いではないか。 「バントをしない」学芸大、2点差ではどのみち打つしかないが、9番打者(失念...。古川貴明(3年生、東海大高輪台高校出身)だったか) が三遊間を抜いて1,2塁。「バントをしない」学芸大もさすがに1番・山崎将人(4年生、盛岡第一高校出身)に 送りバントを敢行させるも、慣れていないのか、ファウルと見逃しで追い込まれ、結局打たせて ボテボテの一塁ゴロがバント代わりとなって1死2,3塁。しかし2番・石山健(1年生、新潟明訓高校出身)は 高千穂・三ツ間卓也(3年生、健大高崎高校出身)の内角に少し沈んだ変化球に 手が出ず見逃し三振。2死2,3塁となった。迎えるのは途中から3番に入った安部郷太(2年生、山形中央高校出身)。 確かレギュラー選手だと思うがこの試合でなぜ先発出場していないのかはわからない。 ただし前の打席ではあわや中堅越えの長打という当たり(中堅・澁澤麻衣弥(3年生、関東第一高校出身)が好捕)を 打っている強打者だ。考え方によっては満塁で4番勝負ということもなくはない。 きわどく攻めて結果的には四球。別の場所で見ていた知人のM氏に言わせれば急に球審の判定が辛くて 高千穂には気の毒だったとのことだった。2死満塁となって迎えた4番・久保州(1年生、八戸高校出身)が しっかり4番の仕事をした。一二塁間を抜いて2者が還り同点。1走も3塁まで来て1,3塁となった。 続く5番の龍池雄人(2年生、新潟明訓高校出身)の当たりは右中間へ。この流れだと何を打っても いいところに飛ぶものではある。右翼手が捕れたような気もしたがこの緊迫した場面、 あまりの緊迫のせいか足の動きが悪い。わずかに頭上を越えてサヨナラ打となった。 三ツ間はマウンド近くで茫然、捕手の山下愁斗(2年生、東京学館浦安高校出身)に至ってはグラウンドに崩れ落ちた。 高千穂はダメージの大きい負け方をしたと見えた。
この流れであれば第2戦は学芸大のものだ。もともと学芸大有利と予想していて試合を目にして その予想の修正を余儀なくされた筆者も、結局第1戦を学芸大が取ったことで学芸大が 押し切るかとは思った。強い者と弱い者が2勝先勝のカードを戦ったとき、第1戦は弱い方も エースを投げさせるからそれなりにいい試合になる。でも第2戦となると弱い方は投手の戦力が大きく落ちる 一方で強い方は2番手・3番手にもいい投手をそろえているものなので、より強い方が有利だ。 入れ替え戦でも強い方と弱い方を上の部と下の部と置き換えれば一般的にはその力学が成り立つと言ってよく、 今回のこの流れであれば第2戦、序盤で学芸大に大量点が入って試合が決まってもおかしくない。 ところが、そうならなかった。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
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東京学芸大(1部6位) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
高千穂大(2部1位) | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | × | 2 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
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高千穂大(2部1位) | 1 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 3 | |||
東京学芸大(1部6位) | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 4 |
また、別の興味として両軍が第2戦の投手を継投に送らなかったことに興味を引かれた。 内容を見ていないが立花・阿部ともに0点、2点と抑えているわけだから結果を出している。 少なくとも6回までで3点、4点を取り合う展開の中で、負けたら最後の第3戦なのだから リリーフに送ってもおかしくない。これを温存したのがまさか降雨ノーゲームでの翌日再試合 までを見据えていたものだったらとても深い...。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 計 | |
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高千穂大(2部1位) | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 3 |
東京学芸大(1部6位) | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 |
「学芸大有利」「互角」「流れは学芸大」「高千穂、生き返った」「これなら高千穂打てる」「リードされるとダメ」 目の前で見ていない日もあることから4日の中で筆者の読みもブレにブレたが、 高千穂が第1戦をあの負け方で落としておいて「死ななかった」のが大きい。 2点差を守れず逆転サヨナラ負け、最後は緊張感におびえた右翼手の足が動かず打球を捕りきれないという、 客観的に見て非常にダメージが大きいと見えた第1戦の敗北だったが、実はそうでもなかったかも しれないという仮説をひそかに立ててみる。試合終了後のあいさつ、両軍監督は整列せずベンチ前で礼、 が大学野球の慣例ではあるが、終わって学芸大・鈴木渉監督が高千穂・嶋田信敏監督代行に歩み寄って バックネット裏あたりでひとこと程度言葉を交わした一幕があった。「おつかれさまでした」程度の 時間だったと思うし、死闘を演じる相手にまだ戦いが終わらない段階で鈴木監督が何を思って歩み寄ったか わからないが、嶋田代行の背にも、なんというか、それほど悲壮感や打ちひしがれた様子はなく、 「お互いまた明日いい試合をしましょう」くらいの雰囲気を感じた。 また前出のM氏からも、敗戦直後、ベンチ入れ替え時に嶋田代行が次の試合のチーム (同じく復帰昇格を目指す3部優勝校・工学院大)を激励していたという話も聞いている。
嶋田さんとは10年以上前から知っている仲ではあるので今季の2部リーグ戦を観戦にうかがった際にも 少し話はしていた。入れ替わりで1部復帰した学芸大も1部でいい戦いをしていることや、自分たちは 2部で苦しんでいて優勝さえできるかわからない状況というのも理解されていて、どこか、 「今季の昇格は苦しいぞ」と思われているのではないかとの雰囲気も感じた。入れ替え戦第1戦のあとは スタンドでお会いしなかったこともあって話をしていない(会っていてもあの負け方のあとは話しづらいだろう)が、 「苦しいと思ったら意外とやれるじゃないか」という手応えをつかんだのではないかと思う。 2部で最優秀防御率に輝いた三ツ間は結果的に5失点となったが8回までは2失点だし、そのまま 2失点で勝利投手になっていてもおかしくない内容だった。少なくとも十分すぎるほど試合は作っている。 相手投手・原にしても強豪の東京国際大に0-1(敗戦)、創価大に延長戦で2-3(サヨナラ敗戦)の 好投を見せている投手だが、4点を奪った。 学芸大の野手の部分入れ替えがどういう事情だったのかわからないが、リーグ戦の途中はともかく、 現状の両チームに差はないぞと確認できた第1戦だったと思う。日本シリーズ以上の 短期決戦なので「第2戦重視」などという余裕を持った戦いまではできないまでも、第1戦で 相手を見極めることはできたと思う。そういえば嶋田さん、「リーグ戦も2ヶ月と長いから、同じチームでも いいときと悪いときとで違うものだけどね」ということもおっしゃっていた。 シーズン終了から1ヶ月弱がたっていた1部校・学芸大が、 いい状態をキープするのは困難だと予想もしていたかもしれない。
試合後、筆者がいったん駐車場に引き揚げて再びスタンドに戻るところでキャスターつきのバッグを引きずる 高千穂の選手が帰っていくのとすれ違った。 後ろから仲間の「ミツマおつかれ、明日も頼むぞ!」の声がかかる。完投した敗戦投手、三ツ間だったようだ。 翌日の龍ヶ崎遠征(流通経済大グラウンドの所在地)のために個々人で移動なのだろうか。 チームに意外とショックは少なく、切り替えもできている様子だ。試合後のミーティングで
くらいの雰囲気にでもなったのかもしれない。エースから明日投げる投手へ
などと前向きのゲキも飛んだかもしれない。 そう思うしかないような悲しく悔しい幕切れだったかもしれないが、 いずれにしても結果的にそこで気持ちは死ななかった。 事実、前出のF氏からは「高千穂の方がのびのびとプレーしていた」ということも聞いた。
今回の例はあまり戦術的な例ではないし、対戦が始まってから事前の見積りを 修正して戦うこと自体も当たり前のことだ。ただし、逆転サヨナラ負けという 大きくショッキングな負け方が逆に、「それだけ競った戦いをできる状態にある」 という前向きな思いにさせるきっかけになった(かもしれない)という仮説は、 なかなか盲点である。入れ替え戦で、また勉強できた。