平成12年秋、東京新大学野球連盟の2部・3部の間で入れ替わりが起こった。 3部を9勝1敗で制した電気通信大(以後電通大)が2部最下位の東京都立大(以後都立大)を2勝1敗で くだし、2部昇格を果たした。近年、都立大は2部と3部を行ったり来たり、 といったチームであったが電通大はと言えば平成1年秋後の入れ替え戦で 3部降格を喫してからというもの、11年もの長い時間にわたって3部に低迷し続け、 しかも優勝すら1度もなかった。3部に完全に染まりきった、言わば3部の老舗校と言って いいチームだろう。近年はだいぶ優勝を狙えるチーム力を蓄えてきたが 多くのシーズンを、主に都立大に優勝を阻まれていた。その意味で因縁の対決とも 言えるこの対戦だったがこれを制し、電通大が念願の2部昇格を果たした。
筆者は平成5年から平成10年まで同連盟の東京農工大学に所属。電通大とは 平成6年に1年間、3部で対戦したことがある。当時(平成6年秋)は我々が3部優勝校、電通大が 3部最下位校だった。その後は我々が2部に昇格したこともあり、彼らの試合を見ることは なかったが、ホームページや知人からの情報で彼らの戦いぶりは一応把握してきた つもりである。その後3部の中で着実に戦績を伸ばし、優勝も争える戦力も持ち始めたが 都立大に対する苦手意識か、このチームにだけはなかなか勝てず優勝に届かない。 ようやく都立大が2部に昇格した平成12年春は、2部から転落してきた 日本大生物資源科学部と優勝争いを演じながらやはり一歩届かずに2位。 そんな、悲運の戦いが続いていたチームなのである。
そして今季(平成12年秋)、筆者は久しぶりに電通大の公式戦を観戦した。3部での 対工学院大戦。シーズン終盤であり、優勝争いを左右する非常に大事な試合だった。 前知識として、このチームではエースの谷口哲也(2年生、伊勢高校出身)が大黒柱で 春の最多勝投手(6勝)、4番の住田貴之(2年生、下松高校出身)が強打者で春の打点王・本塁打王 (3本塁打・16打点)。そんなことがあった。ただ、シートノックを見る限り、強いチームという印象はない。 人数も少なく(10人強)、レギュラークラス以外はだいぶ力が落ちる。かえって2部から降格してきたばかりの 工学院大の方が強く見える。しかし試合が始まってみるとこれがなかなかに強い。 打線は工学院大先発の浦野聖(3年生、工学院大附属高校出身)の高め直球をことごとく はじき返して打球は次々に外野の頭を越える。4番の住田は本塁打を含む2安打2打点、 この他にも小畑智靖(4年生、大聖寺高校出身)が4安打、山下功人(4年生、宇和島東高校出身)が2点適時2塁打を 放つなど、全体的に打線が活発だった。エースの谷口は長身からの直球とスライダーを武器に好投。 3部での圧倒的な成績(ほぼ全試合に登板して完投ばかりで高い勝率を誇る)や 背格好から言って、もっと剛速球をビュンビュン投げ込む投手かと思っていた。 しかし、それよりは直球のスピードはそこそこだがコーナーに来るので打たれない、 四球の少ない安定感のある投手という印象を持った。結局この試合を7-4でものにした 電通大は優勝に大きく前進し、結果的に9勝1敗で優勝を飾った。
そして都立大との入れ替え戦を迎えた。周辺の関係者の予想では、実力は だいたい互角、経験や相性の点で都立大がやや有利、勢いならば電通大が有利、 といったところだろうか。11月11日、第1戦を迎えた。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
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電気通信大(3部1位) | 1 | 0 | 3 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 8 |
東京都立大(2部6位) | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 5 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
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東京都立大(2部6位) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 2 |
電気通信大(3部1位) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
しかしその裏、都立大も反撃。1死1塁から青木大樹(1年生、武蔵高校出身)の セーフティバントがヒットになり1.2塁。谷口はバント処理が苦手と見た都立大は、 続く梅田啓稔(2年生、岡山城東高校出身)もセーフティバント。これを処理した 谷口が1塁に悪送球。2走が生還して同点。さらに悪送球をカバーした右翼・斉藤から 三塁・住田への送球がハーフバウンドになって住田が大きくはじく。これを見た 走者・青木が本塁を突き、一気の逆転劇が起こった。電通大も最終回に最後の抵抗。 先頭の住田が三ゴロエラーで出塁。谷口同様、警戒されてカーブ攻めにあい、 この日無安打だった住田が、最後に一応出塁した。林が送って1死2塁。 斉藤凡打で2死2塁。打席に谷口を迎えた。都立大バッテリーの攻めはここも カーブ攻めだったが、高く入った初球を谷口が中前にはじき返す。当たりがよく 住田は3塁で止まり中堅・青木から直接本塁へ返球。ここで打者走者の 谷口がするすると2塁を狙った。トリックプレーか単なる前を向いた走塁かは わからないが、これを見て捕手から遊撃手へ送球。それを見て住田が三塁から本塁を 狙ったが遊撃手から再返球され、本塁寸前で憤死。住田が、谷口が、お互いの方向を 見て残念そうな表情を見せる。1点を争う試合は紙一重で都立大に軍配が上がった。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 計 | |
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電気通信大(3部1位) | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 |
東京都立大(2部6位) | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
今季の電通大の勝因、それは一にも二にも谷口の活躍であることは疑いがない。 リーグ戦10試合すべてに先発し、9勝1敗という驚異的な成績を挙げた。 入れ替え戦でも3戦すべてに完投して2勝1敗、合計31イニングで自責点3という、 文句のない成績を挙げた。それだけでなく打撃でも活躍。第1戦では本塁打を含めて 3安打6打点。第2・3戦では打点はなかったが3試合トータルで13打数6安打6打点。 これが7番に座っているわけだからこの打線はやっかいである。そしてもう一人、 チームを支えるのがやはり2年生の住田。入れ替え戦では第2・3戦で打棒が湿り、 チームも苦しい戦いを強いられたが、大きな体で風格も漂う、右の強打者である。 長打を打つ力を十分に持ち、球を捕らえるうまさもある。 2年生にしてすでにチームの精神的な柱のような存在であり、ベンチでサインを 出す姿は、上級生かあるいは監督のようにさえ見える。
今季の電通大は谷口と住田のチーム。それは入れ替え戦第1・2戦でより如実に 現れたように思う。第1戦、選手全員が入れ替え戦の経験がない状況で、誰が 強力打線に火をつけるか、誰のプレーで自分たちの野球を展開するきっかけをつかむか、 が最初の焦点だと筆者は思っていた。結果的に谷口が勝ち越しの2点適時2塁打と ダメ押しの3点本塁打を放ったということで、これが試合の勝敗を決するうえで 非常に大きかったわけだが、このきっかけとなったのは3回、先頭打者・住田の 左前安打だったように思う。試合中はそうは思えなかったが、あとになってそう思う。 住田に1本が出たことでチーム全体が腰を落ち着けて、自分たちの打撃、自分たちの 野球ができたように思う。それは第2戦を見て、余計にその思いを強くした。 「電通大打線のカギは住田と谷口」、それをはっきりと感じたであろう都立バッテリーは 第2戦で両打者に、平嶋の大きなカーブを徹底的に投げ込んだ。住田の4打席で 合計12球中8球、谷口の4打席で合計14球中11球がカーブだった。両打者ともに 「カーブさえ投げておけば打たれない」という程度の簡単な打者とは思わないが、 平嶋のこの球はことのほか有効で、住田が4打数無安打、谷口には1度無理をしない四球が あったが3打数1安打。両打者の打棒が湿った電通大打線は火を吹かない。 8安打を放つもののつながらず、1点にとどまった。まして前に紹介したように、 逆転を食ったイニングでは谷口がバント処理をできず、住田が外野からの返球を 捕りきれなくて2点を失った。「谷口・住田が活躍すれば大勝、二人がこければ惜敗」。 そんな雰囲気の2戦だった。
そして第3戦。谷口は持ち味を出し、相手の拙攻にも助けられて走者を出しながらも 失点を抑え続ける。ところが打線がこれを援護できない。走塁ミスや慣れない作戦などもあり、 長打は出るものの火がつかない。やはり住田が抑えられているのが大きかったように 筆者は思う。1点ビハインドの8回に小畑のソロ本塁打で同点。得意の長打で 試合を振出しに戻し、その瞬間はチームもとても盛り上がっているのだが、 続かない。谷口が力投しているおかげでサヨナラ負けは免れているものの、 展開としては後攻の都立大がやや押し気味である。住田は打てないうえに10回の 守備で三飛を落球してサヨナラの危機を招くなど、調子が狂っている。雰囲気としては 第2戦と似ており、電通大としては自分たちのペースではない。6回以降は 小畑のソロ本塁打の1安打。12回に1死2塁から谷口が安打を放ったが2走・林が 本塁憤死。間に合うタイミングではなかったが、谷口に頼らざるを得ない、 谷口の安打をむだにできない気持ちもあっただろうか。やはり乗れない。
ところがこの苦境を救う選手が現れた。11回の守備で中堅からの好返球で走者を刺した 富永(9番)が、13回に2塁打で出塁。そして同点弾を放っている1番・小畑が勝ち越しの右中間適時打。 さらに3番・山下が左中間に適時2塁打。電通大が本領発揮の長打攻勢、しかも谷口と住田とは 関係のない打順で2点を勝ち越した。2番を打つ主将・坂元が3年生ではあるが、 富永・小畑・山下の4年生たちのつながりで貴重な2点を勝ち越した。何試合か見る中で筆者は、 彼らは確かにそれなりにいい打者であるとは思っていた。しかし入れ替え戦を見る中で、結局は 住田や谷口が作り出した雰囲気の中でいいプレーを発揮できているだけではないかとも 思っていた。それがしかし、この重苦しい雰囲気をはねのける大仕事をやってのけた。 さすがに4年生と言っていい活躍だったであろう。
谷口・住田が戦力として加わるまでの電通大、やはり3部で優勝争いに加わってはいたが 優勝に届かなかった。筆者は見ていないので、どれだけの戦力だったのかは よくわからないが、都立大に相性が悪い点に加えて、優勝がちらついた大事な ところで変なとりこぼしをしているシーズンも多くあったように記憶している。 しかし今季ついに、9勝を挙げての優勝。1年生から4年生まで、全員にとっての "初優勝" である。おそらくは谷口・住田の加入が戦力のプラス分として大きかったという 事実以外に、二人の加入で「本当に優勝を狙える」「狙っていいのではないか」という 雰囲気になったであろうことも大きい。そしてまだ下級生である二人ではあるが、 住田はすでに攻撃の采配権を持っているように、彼らなりの野球観をチームに植え付けて いったのではないかと思う。それは例えば下級生で口で言えなかったとしても、 プレーで示していくだけでも十分だったかもしれない。一方で上級生たちは、 二人の大きな活躍によって得た2部昇格のチャンスに、一念発起したと思う。 例えば4年生は昇格したところで2部で戦うチャンスはない。3部あたりだと中には 個人成績のことばかり考えて野球をする選手もいるかもしれないが、入れ替え戦で 活躍したところで何のタイトルもない。しかし勝利への動機づけとして大きな要素が一つある。 「谷口・住田を2部でやらせたい。二人に2部をプレゼントしよう」。それだけで 十分であろう。もちろん、「伝統あるチームのために」「応援してくれるOBのために」など、 その他の要素も当然あったかもしれないが、それはどのチームも同じであろう。
これが今季の電通大の成功の要因だったように思う。電通大の、特に谷口・住田の 2部でのプレーは本当に楽しみである。
東京新大学野球連盟のページ(筆者作成)