陽三の「今週のひとりごと」集
(平成18年分)


平成18年12月26日 --心--

こんなにも複雑な心境が入り混じる経験も初めてかと思った。 涙まであふれた。「泣いていない」記録が20年近くに及んで よくわからなくなってきたので、ここで一応、泣いたことにして 記録を切ろう。

24日のクリスマスイブに高校の野球部同期の結婚式があった。 同期の中でも筆者と唯二(?)の野球バカ、そして男性としても筆者とともに 冴えない男のツートップだったと思っていた彼が、晴れて結婚するに至った。 当日は余興としてバイオリン演奏を頼まれていた。 高校の同期の前では高校時以来、14年ぶりくらいのことになる。 なんとかいいところは見せたいとも思っていた。 ところが1ヶ月前くらいに精神的に大変ショックなことが起こり、 体調がよくないのも重なって、それからは非常に厳しい毎日を送っていた。 仕事もバイオリンも酒宴も一応こなしてはいたが、ただこなすだけ。 それ以外は病院の診察と知人への悩み相談程度(あと人生上の決意を考えた時間も)。 ただし結婚式の演奏は絶対にそれを言い訳にしないと自分に 言い聞かせた。幸い、演奏自体は順調に仕上がり、当日開演前の リハーサルも問題なかった。

披露宴開始から2時間半が経過してのようやくの出番。 周囲は酒も入ってざわざわ、序盤に滑ってしまってヤジらしきものも出てしまった。 その雰囲気にしてしまったのも自分のせい、仕方ないからあとは 新郎新婦にお祝いの心だけは込めよう、とがんばったら、中盤以降は いつも通りの演奏に戻る。それでも1番聞かせどころの最後の音を 出し切れなかった。緊張はせず冷静であって周囲も見えていたつもりだが、 いつも通りには程遠かった。終われば司会から「すばらしい演奏」 同期からは「おつかれ」のハイタッチもあったが自分として 納得できるものでもなかった。まあでも、今日出た自分が今日時点の自分。 しかたない。終了時の新郎あいさつでは19才のときに彼が母親を 亡くしている話も出た。通夜にも参加しているし、我々は当然 知っている話。新郎の涙、終了時に流れたDVDに母親が映っていたり するのも見て、そして自分の演奏がいつも通り行かなかったことも思い、 つらかった1ヶ月のことも重なって少し涙した。こんなにも複雑な心境が入り混じることが 自分に起こりえるとは思わなかった。

披露宴から2次会の間に時間があり、見知らぬ人からバイオリンのことで 声もかけてもらった。すばらしかったとか、新郎を祝う気持ちを 伝えようとすることが見てとれたとか、いろいろ言ってもらえた。 満足はできないが一定の品質も保たれたというところだろうか。 2次会の様子とあわせてその日のうちに、いつものように二人の結婚式の写真を 掲載したホームページを作った。

組織のために、とか多くの人数のために、他人とはちょっと違う形で 貢献することには自分は力を注げるし、実際に成果も出してきているとも思う。 そこに自分の価値観を置いてもいる。 バイオリンは特殊技能ではないとしても世の中にできる人はまだまだ そんなに多くないし、ホームページ作成はもっとポピュラーで簡単では あるだろうがそれでも自分がやってきていることには自負はある。 今回はその2点で彼の結婚式に貢献できたと思う。ただし、 不特定多数のために力を注ぐ一方で、たった一人、それも、とても大事な たった一人のために何の力にもなれずに何の役にも立てず、 自分の今の苦しみと同じくらいの苦しみを持っていたかもしれない時期に 何も救ってあげられず、さびしい思いをさせ、これを失う結果になったことを、 本当に後悔している。


平成18年11月20日 --60億円--

「60億円あったら何買う?」と、そんな話はするつもりはないが(金額の想像がつかない)。 ひと一人の値段がどこまで上がるのか。上品な話ではないが 西武・松坂のポスティングシステムでの入札額がいくらになるのか、 そんな観点で興味を持っていた。結果は日本円で約60億円。 年俸は別なので球団はさらにこれを超える金額を用意する必要があるし、 また、松坂自身の収入金額でもないのだが、ひと一人が60億円、 とみなして話を進めてよいだろう。

60億円は想像がつかない。プロ野球一球団の保有選手に支払う年俸の 総計が確か、30〜40億円くらいである。楽天が経費を抑えようと、 初年度に22億円を上限としたのは聞いたことがある。球団運営に、 年俸以外の支出がどれくらい必要なのかわからないが、事と次第に よっては球団一つ買えてしまうのかもしれないレベルの金額である。 そこまでの価値があると判断された松坂という選手は「すごい」の ひとことであるがプレッシャーも大きいことだろう。

報道されていた話では、西武球団の返答が遅かったのは、 当初は予想より金額が低くてこの話を引き受けるかどうか判断が鈍ったとか言われた。 しかしやがて、実は予想より高くて、使い道等の説明責任が発生してどう対応するか、の 経営判断に時間がかかったと言われ始めた。真偽のほどはわからないが、 確かに球団一つ買えてしまうかもしれない金額がポンと入ると、 それはそれで戸惑う(ちなみに、ファンサービスに使用するとのコメントが 発表されている)。苦しい経営の建て直しに使われるのでは、 とも思うが、どんなファンサービスが出てくるのかも興味深い。

なお、自慢にはなるが、その経営判断を担うこととなった球団社長の 太田氏は筆者の高校の先輩。野球部出身ではないが野球部のOB会にも 入ってくださっている。もちろん、詳しい話は教えてもらえないだろうが、 渦中の一端でも聞ける機会があればと思っている。


平成18年11月6日 --第3戦--

日本ハムの4勝1敗で終わった日本シリーズ。筆者は第3〜5戦、各試合の中盤以降は テレビで見ることができた。日本ハムの勝因はいろいろあるのだろうが、 シリーズ全体の流れという意味で第3戦の勝利が大きかったように思う。 本当はそれを呼んだ、1勝1敗で地元に帰るに至った第2戦の勝利の方が 意味は大きいかもしれない。ただし第3戦でポイントとなる場面に遭遇した。

3-1と日本ハム2点リードの6回表、中日は先頭の福留が2塁打で出塁して無死2塁。 日本ハムはここで先発の武田勝から、3連投となる右のセットアッパー・武田久につないだ。 武田勝もまだ1失点。武田久は第1・2戦では7・8回あたりを投げていた。 6回無死では早いと直感した。しかしここを無失点で抑えると8回途中まで 武田久は無失点リリーフ。追加点もあって日本ハムが勝利した。

シリーズを7戦まで考えると武田久の第3戦での3イニング弱のリリーフは 冒険が過ぎる。1・2戦も登板しているし、翌日・翌々日も試合が続く。 ましてやられるようなことがあれば後続の試合に使いづらい。 しかしどうしてもこの1試合がとりたかったのだろう。そこに「北海道で 日本一を決める」という動機づけまでがあったかわからないが、 いずれにせよ7戦を通した戦い方という風には見えなかった。 対照的なのは中日の落合監督で、もとより7戦を通した戦いであると 強調していた。こちらは2点ビハインドの第3戦8回に送ったリリーフが小林・中里。 苦しい展開とは言え、もう少し違う手もあったのでは ないかと思うが、どうしてもこの1試合をとるという姿勢は見えなかった。 むしろ余裕に構えていたのだろう。1勝3敗になってから「これで選手も本気に なるだろう」くらいのコメントが出てくるのだから、第3戦に勢力を 注いだとは見えにくい。

特に1勝1敗で迎えた場合に第3戦というのは、勝ちたいのは当たり前としても まだすべてを決する一戦という雰囲気には感じない。よく第1戦重視か 第2戦重視か、という話は出るが、第3戦うんぬんという話はあまり出ない。 ただし今回、意外と大事な一戦であることが垣間見れたし、おそらくは 歴史的にも第3戦がポイントになっていることもあるはずである。 移動後の3連戦初戦でもあるし、これをとることで一気に流れを 持って来れることも日本ハムが見せてくれた。また、第1・2戦に エース級が先発する中で第3戦にどういう投手が出てくるか(エース級なのか がくっと落ちるのか)というのもけっこう大事な話である。

勝負の分かれ目は両監督の第3戦の扱い方だったと見る。
(ただし筆者ならばあそこで武田久を出さないと思う)


平成18年10月31日 --感じること--


平成18年10月24日 --横浜ベイスターズの迷走(下)--

(先々週から続く)

一部で言われることには、補強をめぐって監督と球団側との意見の 相違もあったらしい。確かに先発の頭数と左の中継ぎが 足りないというチーム状況を踏まえると昨年末からのドラフトを中心とした 補強はまったくと言っていいほど成功していない。 今回の騒動で知ったが70人まで支配下選手を置けるところを今年は予算も厳しく 63人しか置いていなかったいう。単純に人数で他チームより1割減。 野手は外国人不在。それが逆に若手野手の成長を呼ぶことに つながったかもしれないが、苦しい布陣である。そのわりに 「(現有戦力が相当がんばっての)条件つきの2位」と予想した筆者にも 見る目がなかったわけであるが、いずれにせよ監督の責任とは見えない。

フリーエージェントや複数年契約で各球団とも難しい局面は 迎えているが、ここでも無能ぶりを発揮してしまっており、 これが資金不足も招いている。数年前、前回の優勝(8年前) に貢献した選手たちが、まとめてフリーエージェントの 権利を得た。まとめて出て行かれては確かに困っただろう。 かなりよい条件で大方引き止めることはできたものの(でも肝心の谷繁は出て行ってしまった)、 実を結んだのは2000本安打を達成するなど石井がまだなんとか動けていることと、 三浦が黙々と必死に投げていることくらい。斉藤隆は今年こそ 大リーグで成功したものの昨年までの数年の低迷は高額年俸に見合わない。 最たる例が代打に甘んじてしまっている鈴木である(でも代打で結果を出している)。 業を煮やした球団が「今後複数年契約はしない」と言った矢先、 佐々木が復帰して特例として複数年契約を結んでしまい、 昨年末はクルーンも同様。他の選手からは「複数年契約は しないんじゃなかったのか?」の声も出るなど迷走している。 たぶん難しい問題であって「全部認める」「全部認めない」の どちらかで決着できるものでもないのだろうが、迷走しているのは事実である。 チームを出て行った谷繁・ウッズ(・ドミンゴ)、大リーグの斉藤隆・大家らが 活躍しているのもまたよけいにさびしさを増長させる。

P.S 中日がだいぶ有利かと思った日本シリーズ、日本ハムが第2戦を取った。 しかも勝ち方もいい。やるではないか。 北海道に場所を移すし、日本ハム優勝の可能性も出てきたか?


平成18年10月16日 --9.11, 10.12--

筑紫哲也は9.11(アメリカでのテロ事件)を と評した。自分は当時まだ住んでいた実家にいたが、 爆撃を受けたビルは父がニューヨーク勤務時に勤めていたことがあるビルでもあり、 父が「こんなことがあったらなんだか今日は寝られそうにない」と言っていたのを覚えている。

10.12。今年の10月12日のパ・リーグプレーオフ第2ステージ第2戦、日本ハムVSソフトバンクの 試合は壮絶な幕切れとなった。0-0の9回2死1.2塁、稲葉の二遊間への打球を二塁・仲沢がよく 追いついて二塁ベースに送球したが間一髪セーフ。その間に二塁から本塁を狙っていた 森本が生還してサヨナラ勝利で、日本ハムがパ・リーグ優勝を決めた。 マウンドでうずくまって立てなかったソフトバンク・斉藤和の姿も印象的であった。 打球を止めた仲沢も、センター返しを必死に取りにいこうとした斉藤和もすばらしい。 ただし結果的に相手に決勝点が入ってしまった。 今回のプレーは野球の中でも比較的珍しいかと思うが、それがリーグ優勝を決める 大事な場面で出た。このプレーこそは、

と言えるのではないかと思う。筆者も現在のチームメートと話す機会があった。

遊撃手(ショート)の経験がある者は「ショートとして、あえて二塁ベースカバーに入らずに 二塁手に対してバックホームを指示する」と言った。確かにあの場面でベストの答え かもしれないが、たぶんその場に立って瞬時にそのプレーを選択するのは無理だろうと 筆者は思う。投手の経験がある者は斉藤和の悔しさを、フォークをもっと低めに投げる べきだったものを投げ切れなかったのを悔やんだのだろうと語った。外野を守る一人は、 二塁手が取れなければ、前進守備していたはずの中堅手からのバックホームで走者を 刺せたのではないかと言うが、わざと二塁手が取らない選択はないし、刺したかどうかも微妙だろう。 試合経験はほとんどないが練習では二塁手の練習をしていた筆者はどうか。 取ってすぐに、普通に選択するのは仲沢と同じプレーだろう。ベストな選択は二塁ではなく 本塁に投げることかもしれない。筆者自身のプレーの引き出しとして本塁送球よりも 高い確率で出てくるのは三塁送球である。本塁送球は確実に失点を防ぐプレーだが 走者が気づいて引き返せば2死満塁のピンチが残るだろう。三塁送球ならば、走者が返球に気づいて 三塁に戻ろうとするならばほぼ確実に殺せる。 そのまま本塁に走っていってしまった場合には三塁から本塁への返球との競争になる。 少しギャンブルではあるが、走者を殺してしまう確率は少し高い。ただし、これもまた、 おそらく瞬時にそんな選択はしないだろう。二塁送球はいたって普通。一塁走者・小笠原が 二塁でセーフになったのが不思議なくらいである。不思議と言えば三塁ランナーコーチの 白井が瞬時にどういう指示を出したかも不思議である。二塁手が取ったのを見て、そこから 本塁返球の可能性もあるわけだから、普通ならあわててストップをかけそうなものだが、 行かせたのか。二塁送球を見てから行かせたのではおそらく指示が遅すぎる。 かつて内野の名手で、緊急事態の中チームをよくここまで持ってきたと思う、 森脇監督代行ならばあのプレーをどうとらえているか、興味は尽きない。

ちなみに「その時自分はどうしていたか?」については試合を生では見ていなかった。 映像をあとでニュースで見ただけだった。他のクラブチームの一人と、一対一で真剣な 野球(クラブ運営)の話をしていた。これはこれでなかなかないことで有意義ではあった。


平成18年10月10日 --横浜ベイスターズの迷走(上)--

今年いっぱいで横浜ベイスターズの監督がまた代わることになった。 牛島監督の辞任によるものだ。成績低迷の責任を取っての辞任 ということで球団側に非があるわけでもないように見えるが、 辞任を誘導するような駆け引きもあったかもしれない。 なかったとしても球団に非はある。

まずは、なぜ8月に話が明るみに出るか、である。筆者の解釈は 辞任の意向がある牛島監督を球団は引き止めたかったが 辞意が固いのでいったん公にしてファンからの「やめないで」の世論を待って あらためて慰留すると考えたのではないか、ということである。 ただしここについては「もともと球団はあまり慰留する気がなかったものを 解任だとイメージが悪いので監督の辞意としてわざわざ公にした」 との話もあるようだ。どっちにしてもなぜ8月か、である。 優勝争いからは遠く置き去りにされているとは言え、5位・4位と、 一つでも上の順位を目指す戦いは終わっておらず、また、 最下位脱出の可能性は十分ある状況だった。ところが話が明るみに出てから7連敗。 何ヶ月も前に紹介した茂原アルカスの例を引くまでもなく、 こんなことをして現場の選手が目の前の試合に集中できるのか、 ということである。

だいたいが監督を代えすぎるのもさることながら前任の監督が 在任中に球団が動き始める上に、その動きが漏れてばかりである。 親会社がTBSであってまだ球団経営の日が浅くて素人集団だから、とも言われるが 逆にマルハのときから変わらずそうだった。改善こそすれ 変わっていないのはなんとも残念な話である。

とにかくこんなことをやっていては監督のなり手もなくなって くるしチームも強くなりそうにない。

話を牛島監督に戻すが、まずこれを評価するに、監督として よかったと思う。筆者は就任時には「ただのTBS人事。球界きっての理論家と 言われていてわかりやすい話はするが、監督・コーチの経験もない」 として、評価は低かった。ところがふたを開けてみると 昨年に関しては投手陣をある程度立て直してだいぶ健闘したし、 今年に関しては野手の若手も出てきていた。特別に優れた采配が 見えるわけではないが特別におかしな采配がなく、また、 通っている筋は通っていて、よくやっていると思った。 本当に辞意が固かったならば仕方ないものの、今年が最下位という結果と なったとしても監督を代えるという話にはならなくてよいはずだ (他に変えるべきところはあるとして)。球団側に明確なビジョンが あって牛島監督を呼んだとは思いづらいが、「結果的には たまたま当たった」。しかしそれも代えてしまうのでは、 先行きが明るくない。

(次週以降に続く)


平成18年10月4日 --売る怖さ--

漫画「ドラえもん」の映画が若い世代へのメッセージを含んでいるという話を ずいぶん前に書いたことがある。このたび、たまたま金曜日夕方に家にいて、 テレビで「ドラえもん」を見た。原作者が亡くなってはいるが なるほどとも思えるメッセージを受け取った。ちなみに声優が のきなみ代わってしまって、慣れるまでは今の「ドラえもん」の テレビアニメは違和感がある。

のび太が買いたい漫画があるがお金がなく、300円ほしいというところから 話が始まる。悪魔が現れてクレジットカードのようなものを渡してくれる。 カードを一振りすると300円出てくる。ただし300円につき、毎日24時に 身長を1mm縮ませると言われる。のび太は抵抗感もあるが 「君はまだ小学生だろう。まだまだ身長は伸びるよ」と悪魔のささやきを受け、 ドラえもんに内緒でカードの契約を済ませる。初日に一振りして得た300円でほしい漫画を買う。 翌朝の起床時におそるおそる鏡を見るが変わった様子はない。 なんだ、1mmくらい大丈夫だ。翌日しずかちゃんにいいところを見せようと 思ってお金を出していろいろ買ってあげるとそれを見ていたジャイアンやスネオにも ほしいものを買ってやるはめになる。翌朝、服が微妙にだぶついているうえに 母親から「ちょっと小さくなったんじゃない?」の声。 やがて友達からの要求はエスカレートし、泣く泣くカードを振って お金を出しているところを父親がのぞき見る。父親はのび太がいない間に 「これは便利だ」「給料が出たら返すつもりだよ」などと軽いノリで ジャンジャン振ってしまい、帰宅して目撃したのび太が青ざめる。

ドラえもんに相談して悪魔と交渉するも物別れ。かさんだ金額は 40万円に及び、およそ身長130cm分。24時、のび太がなくなってしまう。 アニメであって、どうでもいいのだが、こちらは妙にドキドキした。 結末はビッグライトで事前に大きくしておいたおかげで 130cm縮んでちょうど元通り、などというあっけない結末で終わるのだが、 身を売ることの恐さを垣間見た。

これを作者による、青少年(少女)に対して売春などをするべきではないという 警鐘であるとまで解釈するのは拡大解釈かもしれない。 また、そうであっても大した歯止めにもならないかもしれない。 ただし、お金と引き換えに体が削られる恐さ、あまい誘惑が招く結末、 そんなあたりをわかりやすく表現しているように感じる。 原作者・藤本弘氏が亡くなっても「ドラえもん」、侮れない。


平成18年9月26日 --金村--

日本ハムの金村が監督批判発言で罰金と登録抹消を余儀なくされた。 筆者の考え方は常に「個人よりチーム」であるが、プロ野球選手の場合には そうでない場合もあるのだろう。ただし今回はチームの1勝1勝が 大変重要な局面にまで来ている。筆者のみならず金村の言動はやはりNGと見るだろう。

リードを守ったままあと1アウトを取れば5年連続となる2桁勝利の権利が手に入る。 リードはどうあれあと1イニングと1アウトを投げれば今季の規定投球回数に達する。 シーズン最終登板となる試合でそれらを果たしたかったのもわかるが、 話を聞いたときは「エースならもっと早く達成しておきなよ」と思った。 ただし、今年の金村については言われのない、相手選手の暴行によって 負傷欠場していた時期があった。その中でここまでこぎつけたこと、 エースとしてチームを首位争いするところまでもってくることに 貢献したことは、高く評価されてよいかもしれない。また、瞬間的な感情で 言うべきでないことを言ってしまうことも、わかる気はする (筆者の場合には感情というより飲んだ勢いかもしれないが...)。 そしてわりと早く金村から謝罪のコメントが公表されていたことも救いに感じた。

球団の処分は重かった。罰金に加えてプレーオフ終了までの出場停止。 防御率4点台のエースに頼らずともプレーオフは八木とダルビッシュで まかなえるという公算があるのか、そんなことは関係なく、 野球人・社会人として処分したのか。後者だろうとは思うが、 当たり前ながらも球団は思い切った感がある。それだけ発言が重かった。 気をつけなければいけない。


平成18年9月19日 --プロ野球雑感〜アマチュア野球との違い〜--

(前週より続く)

フルキャストスタジアム観戦の前の日には東京ドームで都市対抗野球を観戦した。 かなり白熱した好ゲームだった。駅に向かう帰り道でオジさんたちが 「ジャイアンツの試合を見るよりぜんぜんおもしろい」と言っており、 まさに同感だった。今年については高校野球の甲子園大会も特に盛り上がった。 アマチュアの野球とプロの野球で何が大きく違うだろうかと 考えてみると、社会人野球と高校野球はトーナメント形式が主流であって 基本的に「負けたら終わり」の明日なき戦いである。大学野球だけが 大学同士の対抗戦という意味合いからスタートしたらしくて リーグ戦形式が主流である。ただし大学のリーグ戦は10試合程度の試合数であって、 1勝、1敗の重みが大きい。負けても終わりではないが1敗の影響が大きい。 ましてや多くのリーグで入れ替え戦も実施しており、ある意味では トーナメント形式の戦い以上に「負けてはいけない」という 過酷な戦いである。それらと比べたときにプロ野球がどうか。 トーナメント形式ではない上に弱体化しても入替えがない。また試合数も多い。 長丁場を戦い抜いて勝つことに大きな意味はあるが、 1試合1試合の重みが、社会人野球・高校野球・大学野球のそれと 比べて重いかどうか。もちろん、現場のチーム(選手・スタッフ)が1試合1試合を 真剣には戦っているとは思う。というか、思いたい。 ただし目の前の試合が重いものだと、見ている方にまで伝わることを 考えていかないと、「アマチュアよりレベルが高い」ということだけで 繁栄を続けていくのは難しいように思う。見る方がそれに気づき始めたことにより 人気低下が叫ばれる状況を迎えている気がする。


平成18年9月11日 --プロ野球雑感〜フルキャストにて〜--

今度はフルキャストスタジアム宮城で楽天VSオリックス戦を見てきた (→フルキャストと俺, フルキャストと俺と菊地原)。 こんなにプロ野球を見た年も久しぶりである。 球場もきれいで新鮮な気分であり、試合も接戦であり、菊地原も見ることができた。 ただ、いくつか考えさせる点もあった。

筆者は清原目当てではないもののどうせなら見たいとも思ったが 膝の調子が悪かったらしく出場しなかった。スタンドからは 清原を熱望する声もあったが残念な結果となった。 多くの野球ファンにとって球場に足を運んでプロ野球を観戦することは 特別なことであり、年間の中でも特別な一日である。 例えばシーズン140試合中、139試合に出場した選手がいたとして これは立派なことではあるが、欠場した1試合だけを見に行った ファンから見ればその選手は、出場0試合の選手と「見られなかった」 という意味では同じである。そう考えるとやはりプロの選手は全試合、 そうでなくてもできる限り多くの試合に出場することに大きな価値がある。 そう考えるとやはりこの職業は大変だと思うし、その状態を保てない (技術的、肉体的に)選手はどうなのだろうかと考えさせられる。 本人だけの責任ではないとしても。

カードがたまたま楽天とオリックスだったからかもしれないが 両チームは何をよりどころに戦うべきだろうかも考えさせられた。 楽天ならばまだ「最下位脱出」「1勝でも多く」があるだろう。 オリックスに至ってはBクラスが確定してプレーオフには行けず、4位とも大差ある。 「最下位回避」は一応の目標になるが、 楽天ともそれなりの差があってキリキリするほどの戦いではない。 そう思って試合に目を移すとあまり知らない選手も出てはいるが 若手育成に切り替えたかと言えばそうとも感じない。 試合前シートノックを見て「彼らはプロだからちゃんとやれば 技術は高いのだろうけれど、このノックだけならば東芝や日産の方が上手」 とも思ってしまった。むろん、試合では高い技術も見られるし だらけた光景が目につくわけでもないのだが...。
(次週に続く)


平成18年8月29日 --自分は何者か?--

高校野球の日米親善試合選抜チームまで取材されるとは例年にないことだな。 これまで大会自体いつやっていたかもあまり周知されていなかったと思うが 練習から報道とは。過熱しすぎ。

少し前になるが県内のクラブチーム数チームから適当に集まって飲む会があった。 計5チームから選手・マネージャーなど10名前後が集まった。 だいたいお互い知っているのだが最初に、チーム・名前・ポジション・年齢を 自己紹介しようということになった。別にかまわないのだが、自分の ポジションはなんなのだろうかとあらためて思った。その場は 「マネージャー兼ホームページ係、その他もろもろ」とか言って、 それ自体まちがいではないのだが、いったい自分は何者なのか自問した。 正式な(協会などに提出する)登録上は内野手兼コーチ、とかに なっていたはずである。自己紹介の上記、どちらも含まれていない。 まず正式な登録をマネージャーだけにしてしまうと公式戦でユニホームを 着てベンチに入れない。試合に出ないのなら選手登録をはずしてよいかと思うが、 今のチーム状況でほぼありえないとは言え、9人ギリギリで試合をして ケガ人が出たりした場合に困るかもしれない。コーチ登録をはずせばよいかと思うが、 ベンチ入り選手は25人までなのでそれ以上の人数がいる場合に 選手としての山口陽三をはずしてコーチでベンチに入れば他の選手を 一人救うことができる。「スコアラー」という役割はかなり 自分の役割(の一部)に適した言葉かもしれないが、登録上はあまり使わないし、 自分の役割はもう少し広い。

高校のときも大学のときも、今も、所属する野球チームでは思う。 たぶん筆者の役割はひとくくりにならない「陽三」というポジションなのだと。


平成18年8月21日 --甲子園では何が...?--

甲子園がすごいことになっている。 もともと考えづらいことが起こりやすい(気がする)甲子園大会ではあるが、 今大会は、野球とは少し違う別のスポーツを見せられている気もする。 まずは大会本塁打記録の更新。バットの重さを制限しても打者の打撃能力の 向上がそれを上回っている。投手の球も飛躍的に速くなっている 気がするが、打者のレベル向上が上を行っているようだ。それを象徴したのが 智弁和歌山と帝京の試合。勝ち急いだとか投手がいなくなったとか、 直接の理由はあるかもしれないが9回表に8点、9回裏に5点。 スコアボードのはじっこに点数があるので合計得点かと思ったら 最終回1イニングでの得点だった。そうかと思えば決勝戦は投手戦で 延長15回引き分け。打力だけではないところを見せてくれたのは、 "野球" として救われたが、両投手のレベルの高さには驚かされる。 また、先の例以外にも劇的な9回2死からの同点、逆転サヨナラなどもいくつかあった。 それは例年の大会でもあるだろうが。

もっとも説明がつかないのは日大山形VS仙台育英での、日大山形の レフトの背走キャッチ。リードした中盤、2死満塁で飛び出たビッグプレー。 抜けていれば逆転は免れなかっただろうが無失点で抑えて最終的に勝利した。 中盤とは言え勝利を決定づけたと言っていい大きなプレーだった。 たぶんプロのレフト(で、守備が苦手ではない人)でも同じ打球を捕れない 選手はかなりいるだろう。それでは、捕った日大山形の選手がプロより上手なのかというと、 それはおそらく言いすぎだろう。あそこまでいくと技術ではない 何かが加わっている気がする。本人からは気持ちを強調する コメントが出ていた。捕った理由は運と気持ちとしか考えようがない。 甲子園はすごいことが起こる。


平成18年8月8日 --もろもろ--

横浜高校が甲子園で初戦敗退した。生中継では見ていないが、 夜のテレビ番組や翌日の新聞を見るに、ミスも多くて負けるべくして負けた、 大勝ばかりで接戦がなかったから接戦になってどうしたらいいかわからなくなった、 などのことになってしまったようだ。そこをも超越してミスをしない 強さを身につけているのかと思っていたが、なかなか難しいものである。

プロ野球界が人材不足と言った矢先、ソフトバンク・斉藤和とロッテ・渡辺俊の 投手戦を見てきた。両投手とも生で見たのは初めてだったと思うが、 それぞれに持ち味を出したいい投手戦だった。 (→千葉マリンとビールと俺, 真剣に見つめる俺)

結婚式でのバイオリン演奏を頼まれた。ひさしぶりである。 長く続けているだけで大して身の入った練習もしていないくせに、 妙なこだわりだけは野球以上のものを持っていることに、さいきん気づきつつある。


平成18年7月31日 --野球--

大学のOB戦(現役との対抗戦)に出てきた。いやあ、野球は難しい。3塁打を打った同期を 3塁に置いた無死3塁での第1打席。簡単に初球を打って詰まったサードゴロ。 何も起こらず簡単にアウト。相手にとってありがたい打撃である。 筆者が外で観戦者として見ていれば酷評する打席である。 結果が出ないことはまだ仕方ないとして、何を意図して打ったのかも 理解できない。まして1球でワンアウトでは相手にプレッシャーもかからない。 確かに打席に入る段階でどういう打撃が望まれるのか、自分でいたって 半端な気持ちで入ってしまった。やるのは難しい。「ふだんやってないから」 「ひさしぶりだから」などのなぐさめがあるかと思いきや、 残った走者を後輩が還してくれて救われたのはよいとして、 70才を超えた名誉会長まで2安打しているではないか。 打てなかったの俺だけじゃないか。守備では9イニング6度の守備機会を無難にさばいた。 9回サヨナラ負けの場面も守りきって引き分けに持ち込んだ。 難しい打球がまったくなかったので助かったが。68才の大先輩が 投げているときに無失点で守れなかったのは残念だった。

筆者がやるのは難しいとしても、プロの選手にはそれなりのものを 見せてもらいたい。菊地原のオールスター戦出場に自分も歓喜したが、 よく見ると「スター」と言ってよいかどうか微妙な選手もわりと出ている。 選手の大リーグ流出と無関係ではないだろう。井口・城島がいれば 本間・日高あたりは出られたかわからないしイチローがいれば 今の状態の谷も微妙だろう。プロになるのは相変わらず難しいのだろうと 思うが、こんなに人材不足になっていると思わなかった。 巨人が弱いこと自体は筆者からすればかまわないが、あの野球を お客さんに見せることが失礼にあたらないのか? 巨人ファンにも、 巨人というブランドを関係なく、一つの職業野球チームとして 今の読売巨人軍を見たときに、本当に魅力あるチームかどうかを 今一度見つめ直してほしい。

一方で高校野球のトップのレベルはどんどん上がっているようで こわいくらいである。横浜高校など、上手な選手が最初から集まっている ことは当然あるだろうが、それでもあれだけ他校と差があるのは、 それ以外にも理由がありそうだ。相当、他校と違う練習をしているのか? 興味はある。それでも高校野球の底辺のレベルはたぶん上がっていないか 下がっているだろう。ここでも格差社会、二極化である。


平成18年7月18日 --研究--

刺激的な1週間となった。毎日のように飲み歩いていた、のは事実ではあるが そのことではない。

九州方面の大学院生から突然電子メールで連絡があった。 筆者の大学時代の研究(野球の作戦を考えるコンピュータ)に大変興味があるので 論文を読みたいとのことだった。筆者の出身大学にも自分の手元にも 製本された論文はあるが九州から読みに来るのは大変である。 研究室の助手に連絡して筆者の修士論文のファイルを探していただき、 送付いただいた(感謝)。 すぐに九州の大学院生にファイルで送付し、これまた大変感謝された。

人工知能を研究していた研究室で、比較的自由度が高かったために 自分は野球を題材にした。ただし研究室の本流は自然言語処理とゲーム理論。 自分の研究は本流ではないことは認識していたし、「アカデミックではない」 という声も聞いていた。工学的な意味は薄いことは認識していたが 自分の興味優先で取り組むことができ、目指した学位を得られたことをうれしく思っている。 ただし前にもあとにも、自分の研究室のみならず全国的にもほとんど 例はないのだろうとも思っていた。継続性すらない、やはり研究としての 意味がないテーマだと思っていた(おもしろいとは思うのだが)。 指導教官から「コンピュータ将棋選手権の、野球版を君が起こせばいい」 とも言われていたが、エネルギーもアイデアもなく、ほったらかしになっていた。

ところがここにきて、もしかしてこの研究テーマを継続・発展させて くれるかもしれない学生が現れた。この喜びはなんとも言えない。 まだテーマを模索中と言うし、筆者が何かを強制するようなことは すべきではないが、なんらかのきっかけにでもなってくれれば、それでもうれしい。

少し中身の話に入ると、筆者の3年間(大学4年生の1年間と大学院2年間)の 「野球の作戦をコンピュータに考えさせる研究」は自分から見ても 実用レベルには遠い。工学的な視点から見て意味があったかと考えてもあやしい。 ただし、野球の試合をコンピュータで表現するデータ構造 "BAY形式" の提案、 監督の解決すべき問題の一部を「先発選手決定(選抜)問題」「打順決定問題」 「選手交代問題」「作戦決定問題」の四つに分類すること、そしてそれぞれが別の問題では あるものの重回帰分析という一つのアプローチで解決を図ろうとしたこと、 は後進へのヒントにはなりえると思う(思いたい)。 ツールとしての野球シミュレータ、試合情報入力ツールなどの 作成も成果と言えば成果かもしれない。

強制しないと言いつつ、後進の出現を強く願う気持ちにはなってきた。


平成18年7月10日 --サッカーと野球--

サッカーのワールドカップが終わった。たぶん盛り上がったんだと思う。

サッカーと野球の比較をするのもなんだが、世界的な盛り上がりで言えば 野球に関するものではサッカーのワールドカップを超えるものはないだろう。 単純に、浸透している国や地域の数が、サッカーの方がだいぶ多いのだと思う。 世界大会というイベントがサッカーのワールドカップはかなり 歴史があるのに対して野球は今年のWBCが初めてみたいなもの、 という歴史的な違いもあるだろうが、野球の世界大会の歴史が あったとしても、取り組む国や地域が増えなければ盛り上がりは そうそう上昇しないだろう。

なぜ浸透しにくいかを考えてみると、大きくは理由が二つあると思う。 一つは野球は用具の準備が(金銭面も含めて)大変であることと思う。 バット・ボール・グローブ・防具各種。それなりの面積で独特な 形のフィールドも必要になる。子どもが遊び始める段階では 棒きれと石ころなどでも始められるかもしれないが、 なんにせよ貧困な国・地域ではたぶん取り組みづらい。 もう一つの理由は野球のルールが複雑であることだと思う。 複雑であることでより深みのあるスポーツにはなっていると思うのだが、 理解するまでが大変かもしれない。その点サッカーの「手を使わず、 フィールドからボールを出さず、相手のゴールにボールを入れる」 というシンプルなルールは、特に子どもには取り組みやすいと思う。

たぶんそんなことはどこかで誰かが唱えていることなのだろう。 つまらない「ひとりごと」になってしまった。 ワールドカップを機に4年前の同時期の「ひとりごと」も読み返してみた。 サッカーに対する興味はそれほど変わった実感がないのだが、 自分の文章は少しずつ変わってきていると思った。


平成18年7月4日 --菊地原--

オリックスバファローズの菊地原毅投手が今年のプロ野球オールスター戦に ファン投票で選出された。出場すら初めてだったかと思うが ファンから認められた選出。パ・リーグ中継ぎ投手部門という 地味な枠ではあるが大変立派なことである。

菊地原は筆者と同じ年齢(学年)になる。高校も神奈川県内の公立校。 野球の強さはだいぶ違ったが、高校3年の夏に対戦して負けている。 筆者は打席に立ったわけではなく、菊地原も2イニングしか投げていないが、 とにかく菊地原の高校に負けた試合で筆者の高校野球は終わっている。 菊地原の球はベンチで、あるいはスタンドで見たものであったが、 ある時点までの筆者の野球人生の中での最大衝撃であった(特にカーブ)。

神奈川の公立高校の高卒新人としてはプロ野球ドラフト史上最高位の2位で 広島カープに入団。期待されながら鳴かず飛ばずだったがコツコツ がんばって初勝利をあげたのが7年目。この年は、大学・大学院と6年間の学生生活を 終えて筆者が社会人になった年と同じ年にあたり感慨深い。中継ぎとしての 地位を確立してきた平成13年にシーズン最多登板のプロ野球タイ記録(当時)を樹立。 昨年にはオリックスにトレードに出されてしまったものの 仰木監督のもとで貴重な左の中継ぎとして重宝された。

野球界で負けているのは当然として、向こうは野球界でがんばってほしいし、 こちらはこちらで社会人(会社人)としてがんばりたい、と 一方的に思っていることを、筆者は新人研修(高卒後7年目)のときの 2分間スピーチで話した。野球界で「スター」にまでなってしまった 菊地原にもはや何も勝てそうにない。でも、うれしい。 筆者が投票した1票も生きたか? 結果的に投票しなくても選ばれているのは わかっているが選挙の1票よりも自分にとってすごく意味深い。 「俺のスター」から「日本のスター」になった菊地原にカンパイ。


平成18年6月19日 --クロアチア--

サッカーのワールドカップで日本代表はクロアチア代表と引き分けた。 サッカーのことを論じるつもりはないが、クロアチアという国に筆者は、 行ったことがある。今でも珍しい方かもしれないが、行った時点(平成11年、1999年)では もっと珍しかったかもしれない。

日本が初めて出場したサッカーのワールドカップフランス大会で クロアチアと対戦したのが平成10年(1998年)だったので筆者が行った時点で クロアチアという国名は知られていた。しかし、クロアチアに 行った用件は大学院の卒業旅行であってサッカーとは関係ない。 研究室の同期と卒業旅行に行こうという話になって、どうせなら 日本人があまり行かないところという方針が一致して東欧に決定。 さらに国を絞り込んでハンガリーとクロアチアに決定したものだった。

地中海にせりだした長靴のイタリア。そのイタリアの地中海の逆側(北側)の 海がアドリア海。アドリア海の北岸、イタリアからアドリア海をはさんだ 対岸にクロアチアはある。といっても筆者らはクロアチアをくまなく まわったわけではなく、そのうちの一都市・ドブロヴニクに滞在した。 そしてその独特の風景と雰囲気が心に強く残っている。ちなみに比較的名前が通っている 首都のザグレブには数時間だけ滞在したがあまり印象に残っていない。
(cf. クロアチアをめぐる "俺的世界")

「アドリア海の真珠」と呼ばれるドブロヴニク。南をアドリア海、 北をボスニアヘルツェゴビナ、東をユーゴスラビアと接する、クロアチアの最端の地。 断崖絶壁で鉄道すら通せないという土地。海の青と屋根のオレンジの、 独特のコントラスト。旧市街と呼ばれる石造りの城砦である一角の、昔ならではの雰囲気。 断崖絶壁の海と波。とにかく景色がきれい。というか独特。 であるがこの「〜真珠」がユーゴスラビアからの独立戦争の中では 集中砲火を受けた歴史も持ち、街中の街頭図にはおびただしい数のマーキングが、 「被災箇所」として記録されている。筆者が行った時点では戦争から7〜8年が たって復興はしていたが崩壊した建物そのままのところもあった。

心も落ち着き、恐い思いもほとんどしなかった。日本語を数語だけ知っていて 「とても、いい、レストラーン!」と客引きしていた20才そこそこの 長身のお姉さんは結婚でもしただろうか。「1泊していきなよ。 安いし料理も出すよ」と誘ってきて結局お断りはしたが 「申し訳ないけれどタバコを1本もらっていい?」と 頼んできたおばあさまはまだ元気に生きているだろうか(タバコは高級品? ちなみに筆者は持っていないが同期が渡した)。ボスニアから 道なき道を、国境を越えて(いいのか?)ヤギの散歩に現れたおじさん。 三浦カズがクロアチアのチームに移籍した前後で、サッカー少年と「カズを知っているか?」 なんて話をした気もするが、彼らはサッカーを続けているのだろうか。

必ずしも平穏な歴史を歩んできたわけではない国・民族・土地。 背後にいろいろなものも抱えていたかもしれないが、なんとも 居心地のよい数日ではあった。レストランもある、ホテルもある、 タクシー運転手もいる、土産店や旅行代理店もある、でも 結局主産業はなんだったんだろうか、人々の多くはどう生計を 立てているのだろうか、そんなふうに感じるほどにのんびりした 雰囲気のドブロヴニク。滞在中に会った日本人は女子大生二人組だけ。 そのドブロヴニクも今は日本で注目を浴び始めているともいう。 うれしいような少し悔しいような?

ドブロヴニクからも日本VSクロアチア戦を見ていたのだろうか。 ドブロヴニクも思い出しながら、どこか、クロアチアにもがんばってほしい、 という気にもなった試合だった。好ましいかどうかはともかく。


平成18年6月13日 --マスコミ--

サッカーのワールドカップ、日本代表が初戦を落とした。 あちこちでファンが落胆している一方で夕刊ゲンダイ編集部ではもしや ガッツポーズでもして狂喜乱舞の大喜びをしているのか(未確認)と思うと なんとも不思議な気分である。(ちなみに大喜びしていても否定も肯定もしないが、 その様はぜひ見てみたい)

ヤクルトスワローズの古田が監督兼任選手に就任して数ヶ月たつ。 当初の筆者の予想は「ヤクルト自体の戦力不足で戦績が振るわない 可能性はあるが今回のケースでは兼任は失敗には終わらないだろう。 ヘッドコーチに伊東がいるから。」というものだった。 戦績はともかく古田自身の個人成績が悪いので予想ははずれているに 近いかもしれない。だからというわけでもないのだが、 こちらはこちらで言いたいこともある。

古田が選手と監督を兼任することは非常に激務であろうことは想像に難くない。 そこにもってきてなぜファン層拡大の活動まで担わなければならないのか。 もう少し言えばフジテレビへの古田の露出の多さ、フジテレビの過剰な 持ち上げ方も気になる。古田自身がファン離れを心配するのはわかるし、 多才で有能であるだけに、仕事が重なっても ある程度こなせてしまうのだろうと思うが本業への影響が心配である。

マスコミは複元的な歪み方をしている。

(後日一部修正)


平成18年6月5日 --こわいネット--

秋田県で小学生が亡くなった事件について容疑者がつかまった。 一般への報道としては「警察が近所のある家を家宅捜索」 →「33才の女性の逮捕状を取った」→「実名で逮捕を報道」という手順だったと 認識している。

実名での報道が出たのが夜の11時台くらいで、すぐにその名前で インターネットを検索してみると、それなりにヒットする。 同姓同名の別人がヒットするわけではなくて当人がヒットしている。 警察はかなり早くから目をつけて捜査を進めていたとかで、 近所ではおそらく対象が特定されていたのだろう。 筆者レベルの一般人(近所でもなく警察関係者でもない)でも 近所の女性に容疑がかかっているらしいことは夕刊紙で知っていたが、 当然のごとく名前など知らない。ただしインターネット上では 実名をもってしてすでに噂が飛び交っていたわけである。 今に始まったことではないが、インターネットなかなか恐いぞ。 古くは酒鬼薔薇事件の犯人実名や写真も、今ほどインターネットが 普及していない時期にも公開されたりしていたらしいので、 今さら驚くことでもないのだが。

付録だが、驚くと言えば9回裏2死無走者から3点差を追いつくシーンを目撃した。 似た話はあちこちにあるだろうが自分が生で目にしたのは初めてかも。 まして入れ替え戦であって、あと1死で入れ替わり、という状況でである。 しかも2者連続、高いバウンドのサードゴロを一塁にヘッドスライディングで辛うじてセーフ。 立正大VS国学院大。ああなると説明がつかない。立正大の執念。 何かにとりつかれた国学院大。すごい試合だった。 なおかつ翌日の試合に勝ちなおして1部に昇格した国学院大はさらにすごい。


平成18年5月29日 --客--

プロ野球選手との写真コレクション。今度は元西武ライオンズ・高木大成。 (→こちら)
ツーショットではなく、複数人だが。

現在は西武ライオンズ営業部でファン層拡大などに努めているという 高木大成の講演にひかれたわけではなく、もちろん高校の先輩が 西武ライオンズの球団社長になったからでもないが(自慢?)、インボイス西武ドームに プロ野球観戦に行ってきた。阪神戦だったからか、客はよく入っていた。 (→インボイスと俺)

客つながりでとんと話は変わるが、宅急便が我が家に来て 案の定在宅しておらず不在通知が入っていた。金曜日だかに 来ていたものだが土日も家にいる時間はあまりなく、月曜日に 再度来てもらうよう電話のサービスで登録した。時間も指定 できるのでだいぶ便利にはなったがそれでも夜の配達は遅くて 21時くらいまで。平日よりも土日の方が21時に在宅しているとは限らず、 ひとまず月曜日にした。ところが日曜日の遠方での野球の試合が雨天中止。 急遽、家にいることになった。再度宅配会社に電話して 「今日来れるか?」を確認してもらうと、確認にそんなに時間がかからず 「本日14時〜16時にうかがいます」とのこと。助かった。

業者の立場から考えると相当にわがままな客である。 わざわざ自分で再配達の日時指定までしているのにそれを再度変更、 ましてや「今日持って来い」である。荷物の現状確認はネットワークを使った 社内管理システムか何かでできるかもしれないが、特定の時間に 特定の場所に、運転手の誰かがうかがうことができるか、 そこの判断は意外と手間がかかる気がする。しかし1分も待たされずに結論が出た。

自分の仕事でも「顧客志向」「顧客満足度」はよく言われる。 開発していて「こんな機能を使う顧客がいるだろうか?」と思う機能もある。 しかし、顧客のわがままさ、「一人」を救うことの意味、 そんなことがちょっとわかった一件だった。


平成18年5月22日 --変わったプロ野球--

5〜6年ぶりくらいにプロ野球の観戦のために球場に行った。 テレビでは見るし、プロじゃない野球はよく観戦もしていたが、 振り返ってみるとプロ野球の観戦はひさしぶりであった。 横浜の石井の2000本安打達成が近づいている時期に行ったが、 当日だといかにもそのために来たファンと思われるのもイヤであり、 自分の都合もあって2000本まであと5本くらいだった5月9日の 楽天戦に行った。自分の野球の大事な試合前、大事な大会中に そんな余裕があるのかとも思われるかもしれないが、 これは筆者なりの気持ちの持っていき方であり、これまでも 該当する時期にわざと他の野球の試合を見ることはよくあった。

三浦が通算100勝、石井は2安打でチームも勝利するなど、 いい1日だったのだが、感じたのはプロ野球も変わったということである。 イニングの合間ほぼ全部に小さなイベントがある。 着ぐるみキャラクターが出てきてTシャツなどをバズーカ砲で スタンドに打ち込んでプレゼントしてくれるのが3回くらい。 スタンドの様子がバックスクリーンに映されて観客の写真を撮られて しまうという企画が3回くらい。がんばって応援しているファンを バックネット裏の特別シートに招待してしまう企画が1回。 修学旅行で来ている学校の紹介がスタンドの映像とともに学校数分。 試合後にヒーローがサインボールを投げ込んだり内野席の ファンとハイタッチしたりするのはこれまでも知っていたが、 加えておそらく何かで当選したファンであろう人たちがフィールドに 降りてヒーロー(三浦・村田)と記念撮影もできる。 筆者は昨年の四国旅行記でプロ野球もファンサービスについて 四国アイランドリーグに学ぶことができるというメッセージを出してはおり、 それが直接通じたとは思っていないが、プロ野球のスタンスも 変わってきている。

ただし悲しくもファンにあまり届いていない。特に横浜スタジアムは 空席が目立ち、この日もそうだった。プロ野球ってこんなに 観客が少なかったか? プロ野球も変わった。


平成18年5月15日 --負けて銀、勝って銅--

ゴールデンウィークより続いていた大事な野球の大会は準決勝戦で延長サヨナラ負け。 目指していた、上位2チームが進出できるクラブ選手権南関東予選への道が絶たれた。 チームとして1年間、この大会に賭けており、とにかく勝つことだけを目指した戦いなのに大変悔やまれる敗戦。 個人もチームも大変落ち込んだ。

ところが戦いを終えられない。負けたら終わりのトーナメント大会は基本的に厳しい 戦いであるが負けても戦い続けなければならないリーグ戦は別の厳しさがあるという 話は前に別の文章で書いたことがある。ところが今回、トーナメントではあるが 負けたことによる次の試合が発生した。翌日の3位決定戦である。クラブ選手権南関東予選 への道は絶たれているが都市対抗予選神奈川2次予選(横浜スタジアム)には上位3チームが 進出できる。その3チーム目を決める戦いが行われた。

決勝進出によってやらなくてすむならやりたくもない試合である。ところが準決勝戦で 負けて3位決定戦を迎えてからは無性に勝ちたい試合と変わった。そうは言っても 「昨日の今日」である。相手も同じ条件とは言え、これは非常に難しい戦いである。 年に1度の大会。1位を、最低でも2位を目指して大会に臨んだにも関わらずその目標を失ったわけである。 切り替えろと言葉で言ってもそうそう簡単ではない。女子バレーボールの柳本監督が テレビでモントリオールオリンピック時代のことを振り返って、金メダルだけを 目指していたチームが準決勝で敗れて金が取れないとなったときに、1日で別人のような チームに生まれ変わってしまって3位決定戦も敗れて銅メダルすら取れなかったという ことを話していたことがあった。「1日でチームはこんなに変わるものか」と思ったという。 我々はオリンピックとまで大きな舞台ではないが状況は同じである。 やりたくない試合からどうしても勝ちたい試合へと変わった3位決定戦、難しい気持ちで迎えた。 初回に5点を先制される大変苦しい展開の中、相手投手の乱調もあって逆転勝利した。

4年前にあった同じ状況、傷心のまま迎えた3位決定戦で我々は敗れた。3位で満足しては いけないが今回難しい戦いを勝てたことに一定の評価をして、チームの成長は認めたい。 準決勝戦後のミーティング、監督は「銀メダルは負けてもらうメダル、銅メダルは勝ってもらうメダル」 と言った。初めて聞いた言葉だったが、なるほどと思った。傷心の中で銅をとることが できる精神力には銀に劣らない価値がある。我々は3位であって2位チームより価値が あるなどと言えた立場ではないが、この難しい戦いを勝った経験と準決勝戦で 負けた悔しさ、そしてたかが神奈川上位2チームにも入れなかったという現実 を忘れずに1年後の "金" を目指したい。


平成18年5月9日 --持続--

6日の初戦に勝ってホッとしているが次の試合が13日。 選手に考慮して平日を回避したためにとびとびの日程となったが、 思えば社会人野球を始めてからこういう日程の方が珍しい。 大会と言えばたいてい5〜6日連続で開催されていたので、 これまでは勝てば翌日や翌々日くらいにすぐ試合があったものだ。 勝って次の試合が翌週、というのは、準公認のクラブの大会では あったが、そう言えばあまり覚えがない。これはこれでなかなか 不思議な気分である。

今大会が始まるまでは例年よりやや時期が早いので準備期間の短さを 懸念していたが、始まってみると大会期間が長く、あれこれ 考える時間も多く持てる。そのことは悪くないのだが、緊張感や 勝った勢いを持続させるという意味では連続日程の方がやりやすい という気もする。この1週間の過ごし方というのは、なにげに大事である。

そう考えると大学のリーグ戦はよくできているというか、 自分もよくやっていたものだと今さらながらに思う。土日に、場合によっては 片方の曜日だけ試合があって次の試合は翌週である。 これが2ヶ月弱に渡る。高校野球と社会人野球では経験できないシステムであり、 体の面でも精神の面でも「持続」が大変である。(試合と試合の間の時間は) 悪い状態から切り替えを図る時間にもなりえるが、よい状態を持続させなければ ならない時間にもなるし、悪い状態を耐え忍ばねばならない時間ともなりうる。 一方で対戦相手を分析する時間、戦略を練る時間、新たな布陣を練習する時間なども 多くとることができ、より奥の深い戦いとなっていく。 今さらながらにもう1度大学野球の魅力に気づいてみたりする。

この時間の過ごし方の難しさはあるにせよ、初戦で敗退していれば なかった時間である。この時間を過ごせることに感謝して、 考えるべきことはしっかり考え、準備を整えて次の試合に臨みたい。


平成18年5月2日 --リザーブ--

5月1・2日と出勤日ではあるが休みを取る人も多い。筆者は出勤している。 人が少ないときの出勤は電車も楽であり、職場もなんとなく 楽な気分であり、嫌いではない。そして、ふだんあとまわしに しているこまごました業務を片付けるにも片付けやすい。 日常の業務の場合と時間も場所も変わらないはずなのだが、なんというか、 周囲から何かをせかされたり話しかけられたりしないからこまごました 業務にも手をつけやすい、のだろうか。

リソースとして「人」「物」「金」が言われることがよくある。 時間もあるだろうが、企業ではそれは「人」「金」で代用されるという考え方になるだろう。 さいきん感じるのは、組織としてリザーブの「人」、個人として リザーブの「時」を持っておくことはけっこう有益であるということである。 会社業務の中で主業務とまったく関係ない業務に、部門から人を出さなければ ならないことがたまにある。もちろん、部門がふだんからそのための 要員を確保しておくことは困難だろうが、ある程度そういったものを 見込んで「人」というリソースを持てると、組織として強いというか、 動きやすい。同様に個人としても、やらなければならない仕事に 充てる時間は動かしがたいだろうが、なんとかやりくりして、 「優先度は低いがやらなければならないこと」「やってもやらなくても いいがやっておくといいこと」などに充てる時間を捻出できると いろいろ利益がありそうだ。今回の5月1・2日のように休む人が 多い中で自分が出勤する時間は、筆者としては業務上のリザーブの時間として わりと重宝している。こまごましたことをここで片付けることで 他の日に主業務に集中するという考え方である。

(話は飛ぶが)間もなく筆者が所属する野球チームの、年に1番大事な大会が始まる。 野球であるからいっぺんに試合に出場できるのは9人(指名打者を含めても10人) であって残りはリザーブにまわらなければならない。おもしろくは ないかもしれないがリザーブを強くしておくことが組織を強くすると思う。 20年以上の野球人生のほとんどをリザーブとか裏方で過ごしてきた筆者は ある程度わかっているつもりである。いらないからリザーブなのではない。 必要だからリザーブなのだ。リザーブがどれだけ集中し、 準備をし、試合に入り、チームに尽くせるか。それはけっこう大事なことと思う。

個人よりチーム。
個人が試合に出るも出ないも関係ない。
とにかく全員で一丸となって勝とう。
この野球バカたちといっしょに勝ち進みたい。

(最後は仲間への呼びかけ。何人読んでるか知らないけど)

(公開にあたって一部加筆)


平成18年4月10日 --遅れ--

出遅れた。横浜ベイスターズ、出遅れた。強力だと思っていた 中継ぎ陣がこうも打たれてしまってはなあ。

それはそれとして、自分もいろいろなところで遅れが出ている。 後手後手になっている。野球チームでの合宿における宿舎側との 人数調整、練習試合相手の調整、細かなところで一歩ずつ遅れたりしている。 まあ、自分だけの責任ではないとしても。OB会(高校)の事務作業もそう。 大学野球のホームページもそう。家事はまったくもって追いつかない。 日記はもっと後回しで2月のバイオリン発表会以後、何も書いていない。 立てこみすぎだ。疲れた。でも立てこみすぎなのは自分の責任かもしれない。


平成18年4月5日 --センバツ--

いやあ、横浜高校強いなあ。いいのか? 今年の1年生が入るともっと強いらしいぞ。いいのか?

松坂を中心とした前回のセンバツ優勝とどちらが強いのかはよく知らないが (今回1試合も見ていない)、大きく違うのは今回は好投手を複数持っていることである。 清峰が、岐阜城北が、PL学園が、好投手を軸に勝ち上がってきたが おそらくはいずれもチームに一人の絶対的エース。横浜高校が 準決勝・決勝で相手エースを攻略できたのも、相手に疲労があった であろうことも関係あろう。横浜高校もエースの好投手を一人持っており、 起用はエース中心であるが控えの投手も力を持っていると聞くし、 大量得点のおかげでエースを休ませられるケースもあった。

準決勝・決勝でこれだけ大差の試合になってしまったわけだが、 相手もここまで勝ち上がっている以上、力がないわけではないだろう。 夏に比べれば試合数も少なく、天候も楽ではあるだろうが、 選手には(特に投手には)相応の疲労があるのだろう。 春のセンバツで勝ち上がった高校が夏に甲子園に来れないケースもままある。 春のセンバツで勝つことにどれだけの重きを置くのか、 そんなことも考えさせられる大会になった気もする (もとから考える人は考えているだろうが)。


平成18年3月28日 --球春--

スポニチ大会優勝の日産自動車と対戦できた試合(敗戦)も 含めて3連戦。動いてはいないけれど体力的にも精神的にも疲れたかんじ。 プロ野球は3連戦が何度も続き、移動もあるのだから大変だ。 まあ、こちらは野球以外に会社勤務もしているから...という 言い訳はあるが。

プロ野球もパ・リーグが開幕してセ・リーグももうすぐ開幕。 横浜ベイスターズが低迷していたことも関係してか、 このコーナーで何度かやっていた「今季の横浜ベイスターズの予想」も ここ数年は途絶えていた。ひさしぶりにやってみようか。 「条件つきの2位」。ただし条件は、昨年、目一杯がんばった三浦・門倉・土肥が 同じくらいがんばって4番の佐伯も打つこと。う〜ん、苦しい条件かなあ。 多村・金城をはじめ、いい野手はいると思う。ただし先発のコマが 足りないというのは長いシーズンの中でどこかに負担がかかってくるはず。 あとは先頭・石井の打率も、優勝チームのトップバッターとするには 少し物足りない気もする。結局ベテランのがんばり次第なのかなあ。 上位の中日・阪神の充実ぶりも相変わらず。目一杯がんばって 上位のどちらかを上回ったとしての「条件つき2位」と見る。


平成18年3月20日 --二極化--

相模原市と津久井町・相模湖町の合併による新・相模原市の誕生、おめでとう。 いやあ、それにしても神奈川新聞の取り上げ方はすごかった。 あちこちのページで特集を組んでいた。

あまりちゃんとは把握していないが世の中で二極化が言われているらしい。 一つは経済事情の二極化。裕福な人は裕福になっているけれどその一方で 貧しい人は貧しくなっていてまんなかへんの人がいなくなっている、 ということなのだろうか。もう一つは就職活動での二極化。 景気が上向きで企業は採用人数を増やしているが、本当に優秀な人材を 採用したいから、定員に満たなくても優秀な人材がいなければ採用を打ち切る 方針の会社が多いと聞いた。その結果想像されるのが、優秀な学生は あちこちの企業から複数の内定をもらう一方で、景気は上向いていても いっこうに内定をもらえない学生も多く発生することである。 就職活動を大学入試に置き換えれば似たことがそこでも起こっているかもしれない。 子どもが減ったと言っても人気のある大学にはこれまで通り受験生が集まるが、 人気や知名度のない大学は子どもが減った影響を本当に食らって 定員割れが続出したりするのかもしれない。

それぞれの現象が「二極化」の言葉で表されるとしても、 おそらくは原因はそれぞれ異なっているのだろう。 複雑な話になりそうなので個々の原因にまでは言及しないが、 大きな流れとして「デジタル化」がなんとなく関係している気もする (すでに誰かが提唱していたら申し訳ない)。 中間やあいまいの考え方を排除した「0か1か」「YESかNOか」 「あるかないか」のデジタルの世界。だからそれが個々の現象と どう結びつくのか、という説明はできないのだが、デジタル化の 波の押し寄せとそれぞれの二極化が、時間軸的には妙にマッチしているようにも思う。

自分の所属する社会人野球の世界はもともと「企業チーム」「クラブチーム」の 二極化ではあったが、にわかに元プロ野球選手をかつぎだして これまでのクラブチームと少し違う色のクラブチームを作る動きがあちこちで出てきた。 クラブチームの中がさらに二極化してきたととらえられなくもないが、 自分のチームがどちらに分類されるか、とか気にする必要はない。 自分たちは自分たちであって他のどのチームとも違う。 チームとしての個性を持って野球に取り組んでいきたい。


平成18年3月14日 --気持ち--

「モチベーション」という言葉は筆者はあまり使わないが、 今回はそれが指す意味に関わる話である。

Vリーグ女子バレーボールはパイオニアの優勝で閉幕したが、 さきごろVリーグと下部組織のV1リーグの入れ替え戦も行われ、 Vリーグ最下位の茂原アルカスがV1リーグ優勝のトヨタ車体に敗れた。 ただし、そもそもこの入れ替え戦はやる意味があったのだろうかと思う。 というのも、年末に茂原の親会社が、今年5月での茂原の廃部を 発表していたのである。仮に残留しても来季に茂原はおらず、 どのみち下部から1チーム自動昇格してくるのではないかと思われるので 入れ替え戦に意味があったのか、よくわからない。自動昇格させずに 茂原残留の場合に1チーム減で次回のリーグを行うならば今回の入れ替え戦には 意味があるが、昇格を狙うトヨタ車体はともかく、どのみちチームが なくなる茂原にはどうしても勝利への動機づけが出てきづらい。

茂原の廃部が報道されたのが昨年末で、リーグ戦の半ばである。 チーム内に知らされたのがいつなのか知らないが、この時点で茂原は 2勝12敗と下位に低迷。2勝2敗から10連敗中であってそんなことも 廃部の話に拍車をかけたのかもしれない。結局連敗はリーグ戦終了まで 伸びて、合計23連敗で2勝25敗。前年も最下位であり始まる前から 苦戦は予想されたとしてもこれだけの大負けは予想しづらい。 そもそもなぜ、シーズン半ばで廃部を発表したのかが、大きな疑問である。

発表時に2勝12敗であってプレーオフ進出の4強入りが絶望的なのはまだよい。 ただしリーグ戦は半分残っているし、入れ替え戦を回避する戦いは 続けなければならないし、なによりも熱いファンの前でしっかりとした プレーは見せなければならない。廃部を発表してしまって、 勝っても負けても次がないのに選手にはしっかりとしたプレーを見せよ、 というのは非常に酷な話である。発表後の13連敗とも無関係ではなかろう。 何を目的に戦えばよいのか。そんな状態でいいプレーができようか。 筆者は茂原のVリーグでの試合は観戦したことがないが1年前の秋田でのV1リーグとの 入れ替え戦で普通に下部チームを退けたのは見ている。 2勝25敗に加えて入れ替え戦でもいいところなく敗退したのは、 戦力・技術以外の要素も少なからず関係していると思わざるを得ない (今年は1試合も見ていなくて言っているのは勝手ではあるが)。 チームまるごと移籍という選択も残っているようだが現場の選手レベルでは 自身の身の振り方(引退、移籍、あくまでチームに残る...)も 考えるだろうし、目の前の試合だけに集中できないという状態だったとしても おかしくはない。チームに心を寄せられなくてもおかしくはない。 会社は酷な状態を選手に強いたものである。

全日本の中心選手・大友愛がシーズン中の結婚・妊娠発表で チームを離脱してしまったNECも非常に厳しいシーズンとなった。 事の賛否はここで論じないが、大友の離脱以降チームは5勝7敗で、都合13勝14敗の6位。 前年チャンピオンのチームとしては大きく後退した感が否めない。 こちらについては大友が離脱しても4強入りの可能性は残っていたし、 逆に今まで出られなかった選手にチャンスがまわって奮起して...などの効果も 期待できなくはないが、周りの選手の気持ちとして難しい状態での 戦いを強いられてしまったとしてもおかしくない。NECの試合については生でも テレビでも観戦をした。いいところなく敗れてはいたが、難しい精神状態で 戦っていると印象づけられる決定的なシーンがあったわけではない。 ただしシーズン途中の失速は、選手一人の離脱による戦力ダウンだけで 説明できることではない気もする。

元横浜ベイスターズの駒田が神奈川新聞で書いていたコラムでは 2割5分くらいの確率でいいことを書くと思わされることがあった。 その駒田の言葉の中で今も自分が心に刻んでいることに「チームは生き物」 という言葉がある(正確には神奈川新聞のコラム以外の場面で 目にした言葉である)。それを本当に実感させられた今回のVリーグ女子であった。


平成18年2月27日 --難しい世--

最初から最後まで(練習開始から当日まで)エンジンのかからない、 バイオリンの発表会が終わった。 エンジンがかからないながら当日の演奏はある程度聞いてもらえる程度の 品質にはなった気もする。たぶん、高いレベルを目指していくならば ごまかしでこなす今回のような演奏はNGなのだろう。

今回は演奏のみならず生徒側のとりまとめ役みたいなものもやった。 とりまとめる必要などほとんどないのだが、唯一あるのが、バイオリンの先生 およびピアノ伴奏をしてくれた先生へのお礼である。通例では とりまとめ役の人が一律の金額を集めてある分配で各先生方に お渡ししていたらしい。自分も何度も発表会には参加しているので 集金をされた覚えはあるが集まったあとどういうふうに処理されているのか 知らず、前任者にいろいろ聞きながら取り組んだ。 そもそも発表者の生徒が当日前に一同に会す機会が1度もないし、 習い事は子どもが多いので発表者自身ではなくその親を相手に しなければならないなどいろいろ面倒な事情は渦巻いていた。 とりあえず先生から各自の連絡先を聞いて電話連絡網を作り、 毎回のトレンドにあわせて金額を決めて、 「先生へのお礼の金額を集めるから○月×日の伴奏合わせのときに 持ってきてください」と流す。ところがまずは「上級者と初級者じゃ 曲の難しさが違うから同じ金額ではおかしい」のクレームが入り、 続けて「そもそも金額が高い」「発表会費は音楽教室に払っているのに なんで別の費用が発生するのか?」のクレーム。その過程では 「あなたはリッチな方だからいいけれど私の家ではそんな金額は払えない」 の言いぶり。筆者を見下してこそいないが、会ったこともなく当然互いの経済状況も 知らない相手に対して、これはこれで失礼な発言である。 若い親が行きすぎた発言をしたわけでなく、なぜかこの家は "おばあちゃま" が 出てきて交渉に当たっている。年齢を重ねれば発言も洗練されるわけでもなさそうだ。 そして、会議ではないのですべての意見が別々に集まる効率の悪さ。こちらが 右往左往しているうちに父母の誰かが音楽教室に言いに言った末、立場上そう言わざるを得ない 音楽教室から「生徒から先生へのお礼は控えてください」のお達し。 さらに「電話連絡網は個人情報の保護から好ましくないので捨ててください」とまで 付け加えてきた。

そもそも生徒たちの気持ちの問題なのだから音楽教室が口を出すのは あまり適切ではない気もする。ただし気持ちの問題ならば一律の金額を 集めなくもよいではないか、という話もあるだろうから、この話自体は わりと難しい。難しいのでそちらは置いておくが、今回要点としたいのは、 「3年前の前回までは誰一人、文句を言わなかった」(前任者に確認) ということである。当然、電話連絡網がよろしくないなどという話も 3年前にはなかった。時代が難しい方向に動いている。"習い事をする子どもの親" にあたる世代(筆者もそこに近いのだろうが)の価値観が多様化している のも感じた。「意見を言わないと損だから言う」の風潮もあるのかもしれない。 ある意味ではその世代が大人になりきれていない点もあるのかもしれない。 空気を読む力は落ちているのかもしれない。 そういったこまごましたことが積み重なって、電話連絡網すら 作っちゃいけないような変な世の中を、我々一人ひとりが作り上げてしまったとも言える。 むろん、表現せずに腹の中にしまっておけばいいのにこの場で 表現してしまう筆者も、まだまだ人間として足りない一人である。

発表会での演奏の言い訳にはしたくないが、一時は「こんな状態じゃ 発表会どころではない」という気持ちにもなった。ただし、 変な役回りを引き受けたおかげで、時代の一片も感じることができたのかもしれない。 予期せぬ場所で予期せぬ収穫である。


平成18年2月21日 --カーリング--

トリノオリンピックで開催前と比べて興味をより引いた競技に カーリングがある気がする。日本女子カーリング代表。 たぶん、選手がかわいいから目も心も向けてしまっている人々も 無視できない数、いるだろう。やけに新聞やテレビのメディアで 取り上げられる気もするのだが、それもビジュアル的な理由からなのだろうか。 まあ、それはそれとして。

競技を見ていると、ルールや戦略をまだちゃんと理解したわけではないが、 緻密な駆け引きがあるようで、ゲームとしてもわりとおもしろい。 それとともに気づいたことがある。形の部分で野球に似る点がいくつかある。 得点表が、いかにも1回表から9回裏まである野球のものに似ている。 先攻・後攻の概念、順番にストーンを滑らせる"打順"の概念も重なる。 また、競技場も野球のマウンドとホームの間を連想させる形でもあるし、 そこでストーンを狙った位置に滑らせる行為は投手が狙った位置に 球を配す、配球も連想させる。戦略が緻密でありそうなことや、 時間を取って指揮官も混ぜて相談する光景なども野球と重なる。 カーリングのルーツはスコットランドらしく、野球のルーツとされる クリケットもイギリスだったはず。「カーリ」と「クリ」も 音が似ている気もする(スペルは未確認)。 競技の本質としては両者はだいぶ違う気がするが、関係があるのだろうか...?

オリンピック出場を目指す女子カーリングチームの実話映画まで あるらしい。ちょっとしたブームだな。


平成18年2月14日 --少子高齢化--

ひさしぶりに四国アイランドリーグのページを見た。 リーグの目的が目的だからかもしれないが、1年で半数弱の 選手が「契約せず」とされて新たな選手が入団。 監督やコーチもわりと入れ替わる模様。「契約しないことを通告しました」 などの機械的な表現で報じられるからよけいにそう感じるのかも しれないが、プロ野球より厳しい世界だな、と感じた。

先日、体調を崩して鎌倉の病院に診察を受けに行った。 診察自体はわりと早く終わったが会計のために窓口で待たされる 時間がわりと長く、いろいろな人間模様を見た。もともと鎌倉自体が お年寄りが多い町という印象があるが、病院であるので、おのずと お年寄りの率が高く見受けられる。会計で長く待たされるのは 筆者だけではないのであろう。病院から駅へのシャトルバスが 出る時間だから早く会計をすませてくれと窓口をつつくおばあさま、 他の知人のおばあさまも引き合いに出して 「こちらの○○さんも同じバスなんだけど早く会計終わらないかしら?」 とまでつつく。話をさらに聞いているとバスの運転手の方にも 会計が終わるまで出発しないようお願いもしてあるとか。 両方を抑えておけばバスに乗れるか、なかなか恐れ入る。 初診もしくは久しぶりの診察ならば簡単な答申書みたいなものを 記入するのだが用紙だけ渡されても書く場所を見つけられない、 筆記用具を見つけられない、手や目の加減で書きづらい、などの お年寄りもいる。職員らしき人がなにやら一生懸命に説明しているが なかなか話が進んでいなさそうなお年寄りもいる。持ち物の中から 診察券を出さなければならないのに、診察券がどこにあるか、 見つかったカード類の中からどれがこの病院の診察券なのか、 判断に時間のかかるお年寄りもいる。 「山田×男さま〜!」 と呼ばれても当事者が耳が遠いのか誰からも返事がなく、 気をきかせたおばあさまが近くのおじいさまに

と、よくわからないやりとりの後に結局山田さんが見つからなかったりする。

バカにして書いているわけではない。5年、10年後に鎌倉のみならず あちこちの病院で、あるいは病院ではない場所でもこういう光景が つぶさに見られるようになるのかもしれない。図らずも鎌倉は 少子高齢化について時代の先端に近い部分を行っている。 モデル地区になりえる要素が多くある。 行政よ、鎌倉を見ろ。鎌倉にならえ。いい国作ろう。

(公開後に一部加筆)


平成18年1月30日 --練習での緊張--

バイオリンの発表会まで1ヶ月を切った。筆者が音楽教室で習う 先生の教え子たちだけの発表会なので規模も大して大きくないが、 だからと言って適当にやればよいということでもない。 しかし、(さらに逆接だが)だからと言って万端の準備ができているわけでもない。

練習方法として他人に誇れるものはほとんどなく、演奏曲を最初から 最後まで弾いている程度なのだが、発表会用の練習として 「最初から最後までミスを一つもしない。一つでもあればやり直し」 というのも準備はしている。ノンミスプラクティス、とでも言おうか。 ただし定義もあいまいで、"ミス"に音のずれ、テンポのずれ、指運びの間違いなど、 どこまでを含むのか、"やり直し"は打ち切りで最初からなのか とりあえず弾き終えて最初からもう1回やるのか、そのへんはその場の 気分で決めている。今回は演奏の品質としてその練習を取り入れられる段階に たどり着いていないと思っているのでずっとやっていなかったが、 先日1度やってみた。ミスを一つもしないどころか、よけいにミスが 目立ったので「やっぱり...」ではあったのだがいい練習にはなった。 間違えてはいけないというプレッシャー、明らかに間違えてもいるのに へこんだ気分のまま後続を弾き続けなければならない精神的な難しさ、 そのあたりを発表会前に感じることができてよかった。


平成18年1月23日 --一人、一つ--

プロ野球のドラフト会議について思うことが変わってきた。 子どものころというかわりとさいきんまでは、いい選手を確保してしまう 場というとらえ方でいた。ただし、「いい」かどうかよりも、 今及び少し将来に、「必要」かどうかで指名しているんだと、 ようやく認識してきた。「どうしてあの選手が指名されるのか?」 「あんなにいい選手なのになぜ指名されないのか?」なども、 たまたまある時期にある球団のニーズに合った/合わないということ なのだろうと考えると(それでもおかしなことがまったくないわけでも ないが)説明はつきやすい。ある年のドラフト会議で ロッテが大学生の左投手を指名しようとしていたところ、 当日に当時の山本監督が「うちは右の下投げがいないから下投げを獲ってほしい」 と言って獲得したのが今の渡辺俊介であると聞いたこともある。 左投手が退団したチームには実際に左投手が入団したりもしている。 保有選手が多くて70人までという現在の日本のプロ野球で、 一選手の存在は相対的にかなり大きく、いい選手なら誰でもよい というわけにはいかない。チームに必要か否か、マッチするかしないか、 が大事ということだろう。今の横浜ベイスターズならば中堅から若手の 野手は多く、投手も先発3人程度と右の中継ぎと抑えまでは戦力が 整っているが、先発の頭数が少ないのと左の中継ぎがウィークポイントである。 そう見ていくと昨年末のドラフト会議は「失敗」だったと感じざるを得ないし、 ドラフト後に、秋季キャンプの入団テストで左の佐久本を採用したのも なるほどと見えてくる。このあたりは新入社員を数十人、数百人 雇うような企業とはおそらく違う。そちらも「営業系○人、技術系○人。 技術系の中で化学○人、機械○人、情報○人。それぞれこのくらいのレベルの人」 などはあるだろうが、本当に「その人」とまで踏み込んでの採用かどうか。 違いはありそうだ。

規模も重要度も違うが自分の周囲でもないことはない。筆者は旅先で自分用の お土産を買うのに、その地を象徴するような小物、あるいは実用的な ものを買うのは好きであるが、余分なものはあまり買わない主義である。 旅も重ねていくとわりと土産も増えてきて、「このコップはほしいけど 家でコップに困ってないしなあ」とか「この置物もいいけれど 家の中で適切な置き場がないなあ」とかで買わずに帰ってきてしまう ケースも出てきている。物理的・経済的な事情も勘案しながら 嗜好面・実用面・景観面(?)で本当に必要なものをピックアップする。 こんなところでプチドラフト会議を経験した気になっている。 いっしょにしてはプロ野球に失礼ではあるが。

(公開にあたって内容を一部追加)


平成18年1月10日 --年始に思うこと--


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